暗部報告書プラス



 ピチュピチュと電線でスズメがさえずっている――長閑な朝の音を聞きながら歩む街は、朝の澄んだ空気が充満していた。シカマルは欠伸をかみ殺す。そういえば昨日も全く同じ情景の中に自分はいた。
 自分がこんな時間に駆り出されているのは、五代目の呼び出しのせいである。自分への伝達は本当に突然のことだった。
 昨日は中忍選抜試験のデスクワークで一日中日の当たらない本部での作業続き。
作業が一区切りつき、コチコチになった頭と凝り固まった肩をほぐそうと廊下に出ると、5代目の指示で派遣されて来たイズモが本部のドアから顔を出したところだった。
 ちょうどよかった、と声を掛けてきた先輩曰く、綱手より直々に話があるので明朝執務室に顔を出せ、と。

「また何か、指示っスか?」
「内容は俺も知らないけどな。……でも、何か深刻な顔してたぞ火影さま。」

 もしかしたら重たい任務なのかもしれないな、とイズモも本当に内容を知らないらしい。思案顔だった。中忍選抜試験準備も、本番までのカウントダウンに入り最後の追い上げなのだ。あまり負担の大きな任務は来ないはずなのだが。
 しかし、こんな早朝の綱手の呼び出しなんて良いものではないに決まっている。
少し後に伝えられる厄介ごとを想像し多少うんざりしながらも、いつものようにドアをノックと挨拶をして室内に入る。
 早朝にも関わらず、室内には綱手の付き人でもあるシズネに、コテツ・イズモのこきつかわれ係の2人もいた。

「ああ、来たか。朝早くからすまんな。」

 眠そうな表情を隠そうともせず定位置の執務机にいる綱手。シカマルを見るなり少し眉に皺を寄せたが、執務机の前にいる中忍2人から背後に控えるシズネへ視線を移し口を開いた。

「悪いが、ちょっと席を外してもらえるか?」

 コテツとイズモは理解できるが、付き人であるシズネまでも執務室から退出させてしまう。完全なる人払いである。昨日のイズモの不穏な言葉を反芻してしまう。
 
「…何なんすか?」

 仰々しい雰囲気に、思わず自分から話を促すように切り出してしまった。
 怪訝な表情をしているシカマルを見据え、意を決したように女だてらに里の代表をしている綱手は、重たい口を開いた。

「…お前に、少し、聞きたいことがある。」

 何か、少し迷っているように目を泳がせた。一番的確な言葉を選んでいるように見える。普段は豪胆に啖呵を切るこの人にしては、珍しいこともあるものだ。

「とある筋から、お前についての報告が上がっている。」

 報告…暗部?諜報部か…?いずれにしても自分には縁の遠い部署だ。自分自身についての報告なんて、中忍になった時以来である。

「シカマル。率直にたずねよう。」

思わず、ゴクリと喉がなる。何なんだ?

「お前、砂のテマリと…深い関係なのか」
「…は?」

 じとり、と逃れることを許さない射殺すような視線。あまりに予想もしていなかった質問に、相手の身分などすっ飛ばした間抜けた言葉が漏れる。
 深い関係。古風な言い回しではあるが、自分だってその意味は十分理解できた。

「昨日の早朝、宿から砂の使者と一緒に出て来た、と。」
 
 思いあたる出来事はあったが、事実以上の内容で伝達されている。開いた口は塞がらず、声も出ない。

「誰も起きていないような時間帯に、人目を忍ぶように宿を後にしたらしいじゃないか?」

 とても聞きづらい話を聞くように声を落とし、こちらに気遣うように尋ねてくる。触れてはいけない話題に触れているような配慮がそこに含まれている。事実を知っている自分としては、むず痒さ爆発である。

「誤解されないように断っておくがこの報告は全くの偶然だ。テマリやお前に暗部の監視をつけていたわけじゃあない。」
「……。」
「どうなんだ?」

 一気に報告されたことを述べ立てて、こちらの回答をじっと促す。誤解に間違いないのに、思わずこちらも緊張を強いられる。

「…そんなんじゃないスよ。昨日の朝は宿の前から門まで見送っただけで。」

 砂の使者の里内での案内役に自分を任命したのは、他でもなくこの綱手なのだ。じっとりとした蛞蝓の目に怯むことなく、あくまで真っ直ぐ視線を返す。

「…わかった。お前の言葉を、信じようじゃないか。」

 途端、強張っていた面持ちを崩し、柔らかい笑みに変えた。

「あーーー良かった。まったく、変な心配かけさすんじゃないよ!」
「オレ、何か不味いことしましたか…」
「確かにお前を案内役にしたのはこの私だ……けれど、限度というものがあるだろう?」
「……」
「お前はもっと人の目を気にして行動しろ。2人とも今は立場があるんだからな。疑われるような行為は慎め。馬鹿者。」

 確かに、自分達はもうそれぞれの里の代表として、仕事を任されていた。

「いくら数年来の馴染みとはいえ彼女は先代風影の血筋だぞ。加えて現風影の姉だ。筋を通さない下手な関係になってみろ、笑い事ではなく外交問題だ。」
「下手な関係……。」

――外交官自身が外交問題を起こしたら、彼女とて不本意だろう?留まることを知らない彼女の想像力にただただ圧倒される。

「そもそも彼女は風を操る砂の忍だぞ。今、身篭ったりしてみろ、砂にとっては戦力の喪失だ。」
「。」

 突飛過ぎて絶句するしかない自分を見据えて、真剣そのものの表情で説いてくる。
 自分は早朝に見送りをしただけなのに。これは里長としての配慮なのか、年の功から来るものなのか。

「あのとっつきにくい新任風影の坊主とは、あまりやり合いたくないからなぁ。」

 疑いがはれて余裕が出てきたためか、綱手のシカマルに対する叱責はエスカレートしていく。

「まずなあ、いくら頭脳明晰で将来有望なお前とはいえ、たかだか中忍の下っ端の年下男が、あの砂の国の上忍の女に手を出すわけにはいかないよなあ。」

 うんうん、と自分で言いながら納得している。徹底的に手厳しい。下手な陰口よりよっぽど破壊力がある。何なんだ。

「まずは上忍になってからだよ、餓鬼が。」
「……。」
「まあ、応援はしている。お前が切磋琢磨するには良い相手だ。後進育成に加えて、今後の任務も共同で行う機会も多いだろう。」
「…………。」
「お前ら2人の成長は里の将来につながるからな。何しろ――」

 国の代表としてのしたたかな顔と、個人的に面白がっているその表情。

「火の国に強力な風遁使いが一人増えるのはありがたい。」

――風の性質があるやつは貴重だからな。

「がんばれよ、若造。」

――本気ならばそれなりにフォローはしようじゃないか。なに、上手く事が進んだら、仲人ぐらいはやってやる―――。 にやり、とどこかの誰かと同じような好戦的な笑顔を見せた。

「私からは以上だ。お前もう下がってよし。シズネ!入ってきていいぞ」

 有無を言わせぬ声をドアの向こうに張り上げた。

「さあ、今日もがっつり働いてくれ。里のために」

 勝手に未来まで確定させてしまいかねない国の代表は、反論の言葉をはさむ隙も与えてくれない。そもそも事実無根の噂話にすぎないのに、怒涛のごとく投げかけられた自分自身への指摘と、暴走する未来予想図。とことん凹まされ、朝一番から気力を根こそぎ消耗してしまった。


※ ※ ※


「綱手さま、シカマル君に何を言ったんですか?」

 普段はなかなか見られない、木ノ葉の策士としての頭角を現しつつある若手の、この部屋を辞する時の表情をシズネは思い出す。

「珍しく、随分暗い表情をしていましたけれど」

 そもそも今回の一件は、暗部からの件の報告を聞いていたシズネが、偶然その話題の2人を見かけたことを軽く雑談として話したことに始まった。
 シズネとしても、2人の関係を勘ぐるでもない単なる日常的な出来事としての話題だったのだが。仕事が押してきており、日々ストレスが蓄積している綱手にとっては、絶好の気分転換に使えるネタだった。

「たまには、ああいう頭の固い奴に喝を入れたくなるんだよ。」
 
――あいつをからかえるチャンスは少ないしな。それに、

「色んな未来を想像したっていいじゃないか」

――若いあいつらの未来はまだまだこれからだ。






-了-




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