口約束


注意!前書き

微妙なここだけ設定のあるコメディです。ご一読いただき読むかどうか決断して下さい。

● 昔、5影会談の宴会にて、4代目風影はうっかり自分の子供の縁談を結んでしまった。
● 相手はオモイ・カルイがやりやすいんですけど、あまりに破天荒すぎて破綻するので、
  クールなシーとサムイにしました。二名ともテマリとカンクロウより年上ということに。
● 相関図を書くなら シー → テマリ(→)(←)シカマル のひたすら会話文。
 普段シカマルの扱いが不憫ですが、ここではシーの扱いが不憫です。
● シーとサムイは現雷影のエーの親族。雲隠れの中では比較的冷静な部類の人たち(シー、サムイ、ユギトなど)は、
  そこは経済力抜群・ラテン的?陽気な雲隠れの国なので、根っこは同じ熱血・人情派…生真面目な人間だと思ってます。
● 忍連合を結成するための軍務会議が木ノ葉で行われているという設定です。
● クールなテマリ、シー、サムイ、シカマルなんてここには存在してません。

 ▼ご了承いただけましたら下にお進み下さい。









「久しぶり。奈良、春野」
「テマリさん!」
「…おう。やっぱり砂からはあんたか。するってと、カンクロウも?」

 軍務会議開始時間30分前。会議室内には未だ人影はまばらだ。
 到着したばかりの木ノ葉の里の会議室に入るとテマリは見慣れた姿たちに声を掛けた。

「ああ、カンクロウももう来るぞ。本部会議の方は我愛羅とバキ先生が出てる。人不足なんでね、風影自ら参加さ」
「人手不足はうちも一緒ですよ…未だ火影代行ですから」
「確か、雲隠れからも雷影自ら参加しているらしいぜ?」
「…それは代表の性格だろうな」

 雷の国といえば、忍の数も財政も安定している国だ。審議期間にわざわざ里の代表が出てくる必要などはないはずだった。

「…どうなるんでしょうか」
「そうだな、てんでばらばらだった5里が一つの組織をつくるために集うんだ…初めて。一筋縄じゃいかないだろう」
「中忍試験だけ見てても、それぞれの歴史やら、お国柄っつうか、性格が違いすぎんだろ…面倒なことは目に見えてるぜ」
「…だな」

 先が思いやられる。比較的話し合いの場で冷静でいられる木ノ葉と砂は、調整係に回る羽目になることが多い。
 ばたん。

「テマリ!」
 
 後方の扉が大きな音を立てたと思いきや、大音声で呼ばれる名前。
 シカマルとサクラが音に釣られて後方を振り返ると、声の発信源らしき複数の人影が目に入ってくる。

「…厄介なのがきた…」
「あ?」

 こちらにずかずかと近づいてくるのは、額宛てから判断すると雲隠れの忍が二人。と、一歩ほど遅れて着いて来るテマリの弟。二人に物言わず着いて来るカンクロウの顔は、すこぶる複雑な表情だった。

「テマリ、久しぶりだな」
「久しぶり、お嬢さん」
「あー…」
「テマリ…偶然下の入り口でつかまったじゃん…」

 テマリに顔見知りのように声を掛けてくる二人。過去に幾度か交流があるようだった。カンクロウはぼそぼそと言い訳のように言葉を濁している。
 テマリは同眉間に皺を寄せたまま等閑(なおざり)な返事を返し、意気揚々とした雲隠れの忍から顔を逸らすように窓の方に視線をやっている。
 良く見ると雲隠れの忍は雷影の側近の…シーとサムイといったか。里の距離が遠い雷の国の二人は、昨日より木ノ葉の里に滞在していたはずだ。サクラは火影室にてカカシと挨拶を交わしていた雷影一行の自己紹介を思い出していた。

「ところで、テマリ。早く雷の国に来ないか」
「…お前もいいかげんしつこいな」
「遠慮せずともお前ももう来年には成人だろ?お父様の約束もあるんだ。風影の弟君を安心させてやれ」
「私は砂にずっといるし忍を続けるからな。嫁にはいかない。だいたい我愛羅もこの縁談は認めていない」
「…縁談?!」
「嫁…?」

 思わぬ単語に声を上げるサクラ。シカマルは目を見開いてぽかんとしている。
 
「父さまの口約束にすぎないからな。それも酒宴上での」
「親父もちゃんと口約束を破棄してから我愛羅に引き継いで欲しかったぜ…」

 テマリ自身もカンクロウも縁談に対してやたら否定的であるらしい。

「…何が問題なんだ?うちの里は経済力もあるし、人材だって揃っている。忍だって続けたければ続ければいいし、多種専門分野のある教育機関だってお前ならやりがいがあるはずだ」

「何度も言っているが、す・べ・て嫌だ。何で私が雲隠れみたいなイカれた里の所属にならないといけないんだ」
「イカれた?あんた、聞き捨てならないわね」
「人の里に会談に来て街中で歌い始めるような里長一族の里なんて、私らにとったらイカれている以外の何でもないね」
「あれはウチの里の文化よ!」

 あんな文化に染まりたくないね。吐き捨てるテマリ。

「オレは雷影様兄弟のように明るくはないが…何が気に入らない」
「お前自身は嫌というよりむしろどうでもいい。面倒だからできれば関わりたくない」
「何故だ?お前と同じように影の血筋。層の厚い雲隠れの忍の中でもこの若さで側近だぞ」
「そんなことを自分で躊躇いなく言えてしまうお前が厄介の極みだ。うざったい」
「テマリ…いくら有能な忍であろうと、女ならば男に養われるのが幸せだろ。そろそろ素直になれ」

 女ならば男に、のくだりでテマリの眉間の皺がいっそう深く刻まれる。一刀両断にばっさり斬捨てているのは明白なのに、この雲隠れの美形といって差し支えない青年の心には届いていないらしい。腑に落ちない顔でテマリの腕に手を伸ばしたところ、すげなく振り払われている。

「馴れ馴れしい。そうだ、父さまの話ではカンクロウもサムイとの縁談の話は出てんだろ?そっちでいいじゃないか」
「おいッ!」
「いくら何でも2つも婚姻結ばないでもいいだろ?」
「弟を生贄にするのかよ…!」
「どうぞ、ささやかな弟ですが遠慮なく持って返ってやって下さい。サムイ殿」
「粗品のようにあてがうな!」

 緊張感のあった会議室が、間違った方向で俄かに活気づいてきている。

「あんなうかれぽんちな国に私を嫁がせる気か?お前のその愉快な化粧面(づら)だったらすぐ馴染むだろ。行っとけ」
「そうやって…お前は我愛羅には甘いくせにいつだってオレに対して酷いじゃん?」

「三姉弟ってのはそういうもんだ。上と下は仲良く真ん中はハミる。お前も風影の息子だろ?政略婿入りぐらいの覚悟しとけ。縁談が進んで問題がある相手なんぞいないだろ?」
「ふざけんな…お前、ちょっと木ノ葉で親交深めてるからっていい気になってるんじゃねえか?」

「ふっ。幸いお前は警護専門。私は外交専門。まさか私が別の国に行くわけにはいかないだろ?他国と深めた交友情報が私には満載だからな」
「オレだって護衛と傀儡部隊所属じゃん?機密情報なんていっぱい持ってんだよ。絶対嫌だぜ…。」
「なぁに、あっちで一週間も暮らしてたら頭ん中から何か沸いてくる。そしたら、みーんな陽気に忘れて気にならなくなるさ」

 あぁ、恐ろしい…両手で自分の肩を抱きかかえるようにテマリは怯えた素振りを見せる。

「病気じゃん、それ!弟が妙ちくりんな仲間になってもいいのかよ!?」
「それに雲隠れは金めぐりもいい。どーんと身体を捧げて砂の里の復興のために稼げ。ちょろいぞ?可愛い我愛羅のためだ――」
「弟や里のためであっても人として超えちゃいけない一線ってもんがあんだろぉ!?」

 優しげに弟の肩を叩くテマリに対し、必死の形相でカンクロウは抗議している。雲隠れの面々の前で言いたい放題だ。
 シーは憮然として見守っているが、サムイの方は我慢の限界だったらしい。

「――あんたたち、人の里侮辱するのもいい加減にしなさいよッ」


※ ※ ※


 初日はそれぞれ里の代表の挨拶と、今後の議題内容とスケジュールについて共有して解散をすることになった。
 遠方の国々からそれぞれ多忙な要人を集めているのだ、今日のところは休息時間をたっぷり確保させて、明日からみっちりと会議は進んでいくようだった。
 
「おい、シカマル」
「おー」

 会議室内には解散すぐではあったが、ほとんど人影がなくなっている。 枚数の多い資料を整理しているシカマルとサクラの元に、さきほど実姉と結託して雲隠れ排除をしていた弟の方が近づいてくる。

「時間あるんなら、美味い飯屋を紹介して欲しいじゃん」
「あぁ…いいぜ」

 まだ夕食時には少し早い時間ではあったが、連れだって三人で会議室を後にする。

「あ、そういえば、テマリさんはどうしたんですか?会議後慌てて退出してましたけど」
「あー。テマリは我愛羅に確認しておきたいことがあるとかで、一度本部会議の方に向かったぜ。ま、雲隠れから逃げたってのもあるがな」

 はぁ、と盛大にカンクロウはため息をつく。

「あいつらのせいで…余計に面倒なことになってきたじゃん…この会議」
「ずっとあんな関係なのか?」
「あぁ、馬鹿親父がうっかり口約束なんかするから、真に受けたあの馬鹿たちが砂に来訪する度に食いついて来やがる」
「あの、こういっちゃ何ですけど…そもそもその縁談ってどんなメリットが?」

「里同士の繋がり以上に、雲隠れにとっちゃ風の性質が手に入ることがメリットじゃん。雲隠れは資金面も潤沢だし軍事力もある。けど、 蓋を開けば雷の性質に偏った人海戦術。ごりごり押しの武闘派だからな。」
「あぁ、雷の性質な…」

「逆に砂としては雲隠れとのつながりは欲しいんだけどな…根本的に砂と雲の相性が悪すぎる。まあ、そもそも風影がテマリという戦力を他里へくれてはやる気がさらさらない。むしろ断固阻止してるな」
「断固…へぇ」
「なるほど。里の違いって大変ですね…木ノ葉にいて政略結婚とか考えたこともなかったわね、シカマル?」
「まーな」
「木ノ葉は色々なことが里内で完結できるからな…平和じゃん…」

 いいねぇ、とカンクロウはぼやく。
 復興途中ではあるが、大通りの人々の顔は柔らかく、今日も木ノ葉は平和だ。

「それにしても、雲の…シーの底抜けの図太さと根性だけは認めるじゃん」
「あれ…素なんですか?」
「すげぇぜ?真っ正面から突っ込んでばっさりと切られてもまた向かってくる。あれはMってやつだな。最初はあの生真面目馬鹿の性格かと思ってたんだが…こんだけ固執するってのは真剣に惚れてるらしいじゃん?」
「そりゃ…大変だな」
「何があれだけあいつを惹きつけるんだか、弟のオレにはわからないね。テマリが切り返す言葉の数々ときたら…容赦ないぜ?」
「…例えば?」

 シカマルはやたらと神妙な顔をしている。

「『自分より弱い男は受け付けない』」
「『色恋沙汰に振り回されてるようは男はいらない』」
「『そもそも、里の違いが大きすぎて分かりあえない』」
「『女だから男だから…と、すべき論で結婚をせまるヤツなど願い下げだ』」

――でもって、締めくくりは「失せろ」だな。

「うわぁ」
「……」
「我が姉ながら男らしいぜ……頑張れ?『泣き虫くん』」

 親指をぐっと突き立ててシカマルににやりと微笑む。シカマルは殊更複雑そうにしている。

「テマリも日に日に斬り捨て方がエスカレートしてくじゃん。あの生真面目馬鹿さ加減が神経の一番イラつくところのツボを突くみたいだな。あ、噂をすれば…」
「奈良シカマルっ!」

 今来た大通りの向こうから、テマリが駆け出さんばかりの速さでこちらに向かって来る。珍しく、少し余裕の無い表情だ。

「…何だろ?」
「逃げてきたな…あいつ、巻き込む気じゃん」
「…巻き込むって?」
「テマリは目的のためならば手段は選ばないからな。頑張れよ、シカマル」

 あっという前に3人のところまで追いついたテマリは、そのまま先名を呼んだ相手の腕を掴んだ。カンクロウの話を聞いたばかりのシカマルの顔は、僅かに強張っている。

「お前、ちょっと協力しろ」
「何だよ…めんどくせぇな…」
「頼むから。」
「何でそう強引なんだ?」
「私の側にいろ」
「…へ?」
「言い換える…今の私にはお前が必要だ。お前しかいない…お願いだから私の側から離れないで欲しい」

 急な展開に、流石にシカマルも目を見開いている。意図が理解できているのか無言のカンクロウ。サクラも見守るしかない。

「お前見ただろ?あの雲隠れの馬鹿。私が政略結婚…あんな根暗のくせに強引そうなやつの嫁になったら、四六時中監視されるわ報告義務が課せられるわ、終いには里に染まって人目も気にせず往来でいちゃつくような輩に成り下がるんだ…。お前は私に生きながらに恥を晒してそれとも分からずに生きていけというのか?人生の墓場だぞ!助けてくれるだろ!?」

「そこまで言われるとなんだか同情……いや、なんちゅうか…助けるって…?」
「お前、だ・け・が、頼りなんだ…!頼む。礼はちゃんとするから」
「…はぁ」

 ずらずらと徹底的な偏見を述べ立て、必死の形相でシカマルを協力者に引きずり込んでいるテマリ。勢いに負けたシカマルに、ありがとう、としなだれかかる。

「あらぁ?お嬢さんに男の影」
「……」
「…シカマル。やっぱお前らデートだったのか?」

 異様な熱気を帯びてきているところに、噂の雲の忍と木ノ葉のトラブルメーカーが珍妙な取り合わせで参入してくる。
…面倒なのが、面倒なのをつれて来たじゃん、とカンクロウがぼやいた。

「あ、久しぶり、ナルト。我愛羅ならまだ会議中だぞ」
「おぅ。ところで、こいつらどうしてもテマリ姉ちゃんの宿に案内しろって言うからさ…なんなんだってばよ?」
「テマリ、そいつは何だ…」

 横にびったりと張り付き、掴んでいた手を滑らせるようにして、そのままぎうぅっとシカマルの腕に自らの腕を絡ませる。わざとらしいほどに健気な表情でシーをにらみ返した。

「野暮なこと聞くな」
「お前…昨日火影室で会ったな。奈良一族の子息だったか?」
「こいつとは中忍試験本戦以来長い付き合いなんだ。試合としては私が勝ったが、実質、私を負かしたやつだ」
「…どう見てもお前より年下…今も中忍だろ。しかも覇気が無い…奈良一族の影使いなんて陰気すぎる」
「陰気…?」
「へこむな、シカマル。…こいつはまだ十代で若いからな。二十代の年寄りと違って肌の張りもあるし体力も有り余ってる。二人きりのときは熱ーいヤツなんだぞ?」

 間を置かずしてシカマルに注がれたナルトとサクラ、カンクロウの視線。

「…シカマル、お前」
「どんなことを」
「…取り返しのつかないフシダラなこと隠れてやってるんじゃねぇだろうな。我愛羅になんて報告すれば…」
「う・る・さ・い!」

 外野を一括するテマリ。

「…十代ったって雰囲気が年寄りくさいぞ、この木ノ葉のデコハゲ」
「ハゲてねぇ…!」
「気にしてたのか?…こら、コイツはハゲてはないぞ。まだ」
「…まだ?」
「このデコが可愛いいんだ――」

 がしりとシカマルの胸倉を掴んだと思いきや、すっと背伸びをして、掠めるようにそのこめかみに口付けを落とした。 ぎくり、と硬直するシカマル。

「!」
「きゃー!」
「…テマリ、キャラ違うじゃん。ホント手段は選ばねぇな」
「テマリ姉ちゃん…ラブラブ」

 いつの間にか、他里の忍とぎゃあぎゃあ騒いでいるこの一団を、街の人々が遠巻きに見守っている。悪目立ちしてるじゃん…。比較的冷静にこの成り行きを見守っているカンクロウは他人事のようにぼやいた。

「…たかだか木ノ葉の中忍だろ?なぜそんなのがいい?」
「馬鹿野郎、たかだか中忍の下っ端でも今回の会議に出られるぐらいにこいつの頭脳は抜きん出ている。それに、こいつの親父は上忍班長だ」
「上忍班長?影の血筋とは違いすぎる!単なるなり上がり、そもそも本人が中忍じゃあ親の七光りじゃないか」
「木ノ葉は血筋とかはあまり関係ない。それに、親友のコイツが次期火影候補だ。シカマルはいずれ側近になる」
「このぽやぽやした木ノ葉の犬が火影候補?笑わせる。こいつの側近って何だ!?」
「こんな頼りなさそうなチビだけどな、我愛羅が絶対の信頼を寄せる友人だぞ!?」

「――なんか…オレ…がんばるってばよ。シカマル」
「ぁー…」
「私も全っ力でサポートするからね?」

 砂隠れと雲隠れの言い争いに巻き込まれて、木ノ葉の将来を担う若人は決意を固め直している。

「そもそも…お前、嫁には行かないっていってたじゃないか。」
「いや、こいつは砂に婿入りするからな。問題ない。な?」
「…はい」

 シカマル!と普段では想像のつかないような甘い声を出して胸にすがりついて頬擦りをした。
 すがりつかれた本人は、ぎしぎしとしたぎこちない動きで手をテマリの背に添える。ぉお、と普段の二人の様子を知っているものたちのどよめき。

「シカマル…目が泳いでる…ありなのね。婿入り」
「ちょっと嬉しそうだな。でも、砂の忍ってのは似合わねぇじゃん…義兄さんよ」
「微妙だなぁ。火の意志はどうするんだってばよ…アスマ先生ぇー」

「――はッ。木ノ葉の中忍の経済力で幸せになれるわけないだろ?苦労してひもじい生活が待っているに違いない。お前が耐えられるはずがないな」
「愛情と金は関係ないぞ?それに私は上忍だ、私だって稼げる」
「…オレの将来はそんなに貧しいもんに見えるのか…?」
「男囲う気か?砂の姫君たるものが…お前…奈良シカマル。テマリのことをどう思ってるんだ?」
「…どうって…」
「このアホに何か言ってやって?行け、下っ端!」
「………ぇーー…この人、嫌がってるんで、やめてくれませんかね。ッ」

――何だそのヒネリのない台詞は。お前は本当にこういう局面で使えないヤツだな?木ノ葉の天才軍師ってのは名だけか?
 ごくごく低い声で罵倒を浴びせるテマリは、背中に回した手で思い切りシカマルを抓りあげる。
 
「オレはテマリじゃなくお前の気持ちを聞いてるんだ」
「あぁ…重要、ッ…や、大切、っす」
「こら、そういうことは人前でいうな恥ずかしい。とにかく、私は血筋とか立場とか金じゃなくてコイツがいいんだ」

 微妙な位置で固まっていたシカマルの右手を取り、恭しく口元に運ぶ。唇を手の甲に口付けたまま、上目遣いで囁くようにつぶやいた。
――ね、シカマル?

「――……」
「外野が煩いこというなよ、皆して野暮だな…久々に会えたんだから邪魔するな?シカマル、今夜はこっちの宿に泊まってけ」
「ハイ」

 冷ややかな表情でシーに一瞥をくれて、そのままシカマルを引っ張ってどたどたと宿の方角へ消えていく。シカマルは地に足がついていないような面持ちで、なされるがままにテマリについていっている。

「…もう精一杯な感じだな、あいつ。面白しれー」
「すでに尻に敷かれてるなぁ。シカクのおっちゃんの血なんだな」
「最近は隙の無いクールな感じだったのに…翻弄されてる」

 さんざん否定されて、中てつけられて残された男は、流石に苦悩の表情を浮かべて呟いていた。
 これでやっと平和な会議日程になりそうじゃん――。 カンクロウは胸を撫で下ろす。

「テマリ、あんなふしだらな娘じゃなかったのに…。あの木ノ葉のガキが誑かしてるに違いない…目を覚まさせてやらねば…」
「シー様、あなたはもう少し現実をちゃんと見つめるべきでは…」


※ ※ ※ ※


「…おい…もーいいだろ…?」

 みっともない感じに手を引かれ、やっと人通りのない宿の近くの路地裏まで来ていた。
 引きずられるように女と手をつなぎ、その様子を目にした里の人々の好奇の視線が痛かった。
 懇願するように声をかけたせいか、やっと手を離し、シカマルを振り返るテマリ。

「何でそう疲れてるんだ、お前」
「あたりまえだ……!」
「…そんなに苦痛だったのか?悪かったな」
「そういうんじゃなくて…」
「でも、助かった。これで流石にアイツも諦めるだろう。…じゃ、ありがとうな」

 ひたすら周りに見せ付けるように密着していた時間はどこへやら、さらりと別れの挨拶を告げられる。逆に今度は、シカマルがテマリの手首を掴み引き止める。

「オイ、ちょっと待て…!」
「?なんだ?」

 怪訝な表情をして、振り向くテマリ。

「どこまで本当だったんだ…?」
「…何が?」
「さっきの会話だ…それに、あんた、最初に礼はするって約束したよな…?」
「――ぁあ。そうだな」

 言及しなければそのまま済ませる気だったのだろう。これから告げられるであろう言葉に、少し覚悟をしてシカマルはテマリの言葉を待っている。
 逃げられなさそうなその様子を見て、テマリは再度シカマルの正面に戻り、しっかりと視線を合わせて口を開いた。

「――お前、格好良くなったよ」
「……」
「将来、楽しみにしてるからな?これは約束だ」
「何を…?――!」

 言葉の意味に確信が持てず、問おうと口を開いた瞬間。
 掠めるようなものではなく、しっかりと時間をかけて頬に触れられている。

「―で、これがお礼」

――ありがとう。期待はずれだったか?
 にやり、と悪びれず、無邪気に微笑むから口答えができなくなる。虫除けとしてさんざん振り回されてきたが、これはどこまでが延長線なのだろうか。


「何の礼だ…テマリ」


 穏やかな時間を砕くように、背後から重厚に低く響く声があった。
 いいかげんしつこいもんだなとシカマルが声の元を振り返ると、よりいっそう彼にとってタチの悪い人物が憮然とした顔で仁王立ちしている。

「我愛羅!会議終わったのか?ったく、いくら平和ボケな木ノ葉だからって一人で歩くな」
「…そうだぜ。風影さま」
「雲隠れの馬鹿に絡まれてると思って来て見れば…失せろ、馬の骨」
「ここは、オレの里だ!」
「テマリ、この木ノ葉の下っ端に何の約束だ?」
「どっから聞いてたんだよ…」

 普段は里の代表としてどっしりと構えている弟の素直な感情表現に、テマリは優しく微笑みを返す。

「我愛羅…気にするな。あくまで口約束だ」

 唖然としているシカマルの脇を通り、耳元でぼそりと囁やくと、そのまま弟と宿へと消えていった。

 ――それが継続するかどうかは、お前次第だからな。
 残されたのは、感情をもてあまして普段の冷静な表情を乱された忍がひとり。






-了-



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