朝の悪戯


温かい。
なんだか、体の力は抜けているし、心がとてもあたたかい…。


 温かいものが体に沁みこんで来るような気配を感じ、ゆっくりと瞼を開く。視界に映る世界は、全体がぼんやりと白んでいた。
 意識が覚醒すると同時に、あまりに近くにある気配にぎくりとする。焦点をあわせると、見知った男が至近距離で無防備に熟睡している。

(え…?)

 分けがわからず、思わず息を詰めて体を硬直させる。目の前の男…シカマルは、気の緩みきった顔で、床に頭を半分預けるようにして穏やかな呼吸を繰り返していた。
 何故かこの男と自分は、首元まで隠れるようにして、同じ一つの毛布に包まっている状態。経験のない状態に頭が混乱して、思考が生まれて来ない。
 自分を取り巻く現状を、ただぼんやりと眺める。
 石油ストーブは依然として灯っていたけれど、室内はひんやりとした冷気に覆われている。けれど、至近距離の体温は、ゆるやかに共有している空気を温めていた。

 視線を光源へと向けると、窓からの日差しはやたら煌々としている。屋外では一面に雪が積もっているのだろう。ガラスを良くみると、全体にぱりぱりとした氷が覆っている。
 まるで無垢な朝だった。
 そうだ、昨夜は寒いし眠すぎて、意識を失うように睡魔に取り込まれてしまった。昨夜というよりは先刻といった方が正しいか。意識を失う寸前に、なにやら慌てたように文句を並べていたのはこの無防備な寝顔を晒しているこの男だったはず。
 眠気に負けて、適当に流してしまったけれど。こいつは、いつ眠ったのだろうか?熟睡しているシカマルをまじまじと観察する。
 いつもは仏頂面だったり、眠そうだったり、あまり感情を感じられない大人びたものだったり。一番初めに大人の立場にならされてしまったこいつにとっては、しょうがないのだろうが。
 仕事上では隙のないシカマルは、昨日からの一両日で様々な表情を見せてはいた。そして今、目の前にあるその顔は、やたらあどけない。
 ゆるりと顔がほころんだ。
 そのまま見守りたい気持ちもあったが、少し悪戯心が生まれて手をその顔に伸ばす。

(起きるなよ…。)

 慎重に指先を伸ばして、頬をふにっとこする。
 触れられたことに気づいたか、ほんの僅かだけ眉間に皺をよせる。けれど、すぐにまた気の抜けた寝顔に戻った。

「…っ。」

 思わず、忍び笑いが漏れてしまった。慌てて口を噤む。
 面白くて、離し難くなって、そのまま片手で無防備な頬を包む。

(のどかで…平和だな。)

 室温の低さのため触れたばかりはひんやりしていた肌が、だんだんテマリの手に温められていた。

(本当は、こんなんなんだろうな。里では。)

 少し寂しいような気持ちはあった。こいつの日常なんて、遠い距離で生活する自分には知らないことばかりだ。
 けれど、このやたら気を許された状態をくすぐったくも思う。
 説明のつかない感情が生まれてきて、少し顔を近づける。

(大丈夫。)

 額を付き合わせた状態で、目を閉じる。
 平穏な呼吸音が間近に聞こえて、額が温かい。
 ただ、静かで、温かい。
 身体の力が抜けて、なんだか満たされているようだった。
 どうしようもなく離れがたくて、そのまましばらく時間を過ごす。
 
 突然、静寂を破るように、ばさばさと羽音が窓にぶつかる音が飛び込んできた。
 さっと身体を離し視線を窓に遣ると、大きな鳥が身体をぶつけている。目の前のシカマルは、眉根に少し力を入れて、ゆっくりと瞳を開けようとしていた。
 平和なひと時は終わりを告げたようだ。
 名残惜しくもあったが、今はもう、こいつの目覚めが嬉しくてしょうがない。

 満面の笑顔で、寝起きはきっと悪いこいつを迎えてやろう。


 「おはよう、シカマル君?」






-了-



 TEXT-TOP