生まれて初めて花を贈った相手は母だった。
アカデミーに上がった歳の母の日。少しずつ貯めたお小遣いと、少しの親父の援助をもらって購入したカーネーションとカスミソウ。小さな花束を渡したあの日の母の笑顔は今でも覚えている。
次に花を贈ったのは、一番身近な幼馴染だ。
アカデミーの中で誰よりも花に詳しいいのに花を選ぶため、オレとチョウジは一日かけてあーでもないこうでもないと考え抜いたもんだ。結局、いのの誕生日にチョウジと一緒に渡したのは、半日かけて裏山を渡り歩き採取したコスモス…そして、こっそり本人がいない時間を狙っていのいちさんに売ってもらった、いのが一番好きなオレンジのガーベラ。大きなリボンで結ばれると、幼馴染にぴったりのふわふわと揺れる優しい色合いの花束になった。
いつも強気ないのは、やたらはにかんで笑った。生まれて初めて家族以外にもらった想い出のプレゼントだと、後の誕生日の祝いの席で、その時の喜びを伝えられた。あの最初の誕生日から、何とはなしに、チョウジもオレもいのの誕生日のプレゼントには必ず花を添えるのが習慣になっていた。
そんな経験が重なって、オレにとっては贈り物の最上級の位置に花束が位置づけられている。
花ってーのは、女にとって万能に効く薬みたいなものなのだろう。
女といえば甘い食いモンが好きで、毎日ケーキやらあんみつやらを食べていればご機嫌だ。花も同じように笑顔を招くものだけれど、食い物とは少し気色が違う。甘いモンとは違って、頻度が低くて貴重ではあるしな。
なんていうか、意味が違うというか…位置づけが違うというか。
特別なもの。
「あらぁ、アンタが花を選びにくるようになるとはねー」
「ちげーよ」
「アンタと私の仲でしょうよ、照れないの。プロが幼馴染みのために無料相談のったげる。で、目的は?」
すべてを見通しているその含みのある微笑みに、失敗したな、と思った。しかし、木の葉の里で一番に鮮度が良く、良心的価格で花を売っているのが幼馴染みの店なのだからしょうがない。核心的なことは言わず贈り物に、とだけ伝えた。
「アンタはどうせ真っ赤な薔薇を!とか考えてたんでしょー?」
「…なんでだよ」
アンタの考えることなんてお見通しよ、と一蹴された。図星だったからバツが悪い。ああ、楽なんだか面倒くさいんだか。
さらにおちょくってきそうないのの言葉を振り切るように、店内を改めて見回す。部屋の壁際をぐるりと囲む大きな花瓶だけではなく、壁の高い位置に取り付けられている棚にまで、色とりどりの草花で埋め尽くされている。窓が無い北向きの壁などはまるで温室の中にいるような見事なものだった。
いつかの日の風景を思い出す。
あの人の希望でいのの花屋に寄ったことがあるのだ。彼女は、あれこれと質問を重ね対するいのの説明を熱心に聞いている。風の国では珍しい一面の花に囲まれて、普段は無表情なその顔はどこか和らいでいた。初めて見せるようなその表情に驚かされた。
その時に彼女が一番に興味を持っていたのは、青葉の中に小さく鈴のように咲く花。彼女の様子を感じ取ったのか、いのがプレゼントをしようとしていたのを申し訳なさそうに断っていた。
3日の日数を要する風の国へ戻るまでに草花は枯れてしまう。花が枯れてしまうのは悲しいから、と、彼女は大好きな植物たちを土産にしない理由を述べていた。
砂隠れでは過酷な気候故に緑は貴重だ。多湿の恵みのおかげで、木の葉では草木や花は生命強く芽吹く。そしてその緑の息吹を彼女は好んでいた。
そんなも愛しそうに眺めているのに。
花が枯れない距離に、彼女の生きる里があれば良かったのに。
…嫌がるだろーな。
口をつぐみ、眉間にしわを寄せる様がまざまざと瞼の裏に浮かぶ。
彼女は、女たちが色めき立つような化粧やら装飾品やらに興味を示さない。立場的なものもあるだろう。甘えがない。隙もない。それでも、砂漠の大地の青い空と強い太陽の元に育った彼女に色鮮やかな花は似合うのだ。そんなことを伝えようもんなら本人は全力で嫌がるだろうが。
芽吹く花に目を奪われ、花びらに触れる寛いだ姿が頭の中やたら反芻されて困る。彼女が植物へ顔を寄せて微笑む姿は格別だった。
ああ、やはり花は特別なものだった。
――困るだろうなぁ。
もったいないことするな、と罵倒されるかもしれない。
けれど。
今、自分の腕の中にあるのは、白と緑だけの大きな花束。細かく無理を言う度に幼馴染は文句を返して来たが、手を休めることなく白い花たちを抱えられるいっぱいまでアレンジして仕上げてくれた。
白一色の花弁たちと、取り囲むような緑。
中央部分には、凛として風に揺れる白い薔薇。
きっと困るだろう。
でも、どうしても自分は彼女に贈りたい。
アンタに、抱えれば顔が埋まってしまうほどの花束。
花に向けて零す笑顔のほんの一瞬、そのお零れが自分にあらんことを願って。
(2012年9月19日)