想いやら願いやら


 律儀に暗黙の了解を踏襲してきた自分たちを忌々しく思うこともある。
 親子や親愛の情ではない。甘やかな囁きなど、ましてや、情交の熱(ほとおり)だとて無し。
 いつしか芽生えていた互いの想いをとうに知りえていて、言葉に変えることなく抱えたまま幾許ともない月日は過ぎた。

『生きて帰ってこい…』

 いつだとて肝心なことは口に出せやしないのだ。永訣の時だとてそれは覆ることなく。
 幾多に交わした言葉の裏にある想いは、どれほどに。

 * * *

 ふと見上げた空はまるで燃えているようだった。黄昏の頃合、この色彩を纏った空はいつも綱手の心中をざわつかせる。
 平和な風景を燃やし尽くす炎と消えない血の感触。生臭さと据えた鉄錆の匂い。轟々とうねるような色。大戦のあの風景。ゆらり沸き立ち全身を支配するような恐怖は、人の根幹にある畏れだ。

(未だ、慣れないか…。)

 ガタリと劈く音に瞬時に身体が強張る。静まった研究棟の中、一番広いこの保管庫の窓は時折風に叩かれ悲鳴を上げる。
 作業台に面した本棚の影にある、古びた長椅子が綱手が息抜きをする定位置だった。剥げかけた革の背もたれに身体を埋め、落日を眺める。静寂のせいで幻聴のような耳鳴りが眠気を誘う。
 一瞬睡魔に取り込まれたと思われた頭に、遠くの音が鳴る。反射的に隠遁術を施す。かつかつと床を擦る音に、後を追うように声も近づいて来る。
 今日は利用者があったか…?――いや、無い。
 半ば睡魔に支配された頭を必死に働かせ、記憶の糸を手繰り寄せる。今朝の報告に上がってなかったとなると、管理権限を任せてあるシズネに臨時に申し込みがあったということになる。けれど、このような臨戦時に、この部屋の資料の利用を考えるような人物が思いつかない。
 考えを巡らしていると、その人物たちの声がさらに近くに移動してくる。声の主は二人だった。

(…あいつらか。)

 声の主が判別できた途端、合点がゆく。この棟には、2度目の開催休止が決まったばかりの中忍選抜試験の書類も保管されているのだ。里の後進育成担当として、それぞれの里で白羽の矢が立ったあの二人ならば、この研究棟に立ち寄ることもあるだろう。
 ガチャリと錠が開く音がすると、淡々と響く声音が鮮明になる。一人は木ノ葉の忍。頭が切れるとあって最近自分が使い回している。各方面で重宝されている頭脳は将来が楽しみなものではあるが、精神面では発展途上だろう。
 もう一人は予想通りに砂隠れからの来賓であるくノ一。明後日に控えた雲隠れの国で開催される五影会談のため、昨日より風影の一向が木の葉に宿泊しているのだった。木の葉の陣営より前倒しの日程のため、夕刻には木の葉を立つと伝え聞いていたが。
 自分の予想が確定された時には、すでに二人は作業台の対角線上まで来ていた。所々聞き取れなかった会話内容までももはや明瞭に聞こえて来る。視界に入れてしまえば、その表情も明確に見とれるのだろう。

「――あぁ草案は無事だったんだね。良かった…」
「運良かったな。でも、他国から収集してる実例集のやつらは怪しいもんだ」
「膨大な量だったからな。まぁあれは再収集すれば何とかなるだろ」
「そだな、草案が残ってるのが奇跡だぜ」
「途中やりのままだったから、気になってしょうがなかったもの」
「もう一年近く過ぎちまったか――やっと新カリキュラムの改善案が承認されたところだったのに」
「そんなに経つか…私も我愛羅の件で途中から出席できてなかったし。また、秋の試験も中止に――」
「こんな時期だ、しょうがねーだろ」

 本棚の最奥にある作業台には、修繕待ちの史料が乱雑に積み重さねられたまま時を止めている。自分が代表になってから進めている後進育成の案件も、里の復興途中に今回の忍連合軍の締結に至ったため、作業は中断されたままだ。
 感情の振れ幅少なく、淡々とまるで平坦に二人の会話は続いていく。なぜだか感じ入るものがあり、二人が視界に入るように身を起こす。施している隠遁術は自ら二人に接触しないかぎりは解けることはない。

「――まぁ、里が復興中とあっちゃそれどころじゃなかったよな」
「木ノ葉に限らずアンタんとこも…他の里だって、今は大戦だろ」
「戦争、か」
「………」

 その単語をテマリがかみ締めるように発すると二人の会話が途切れる。沈黙を裂くように、鋭い風がガラスを鳴らした。

「――傷つくのは、怖いか?」

 娘が少し乾いた声音で再び会話を再開させる。返される男の視線は真剣なものではあったが、思い当たる事柄があるのか、なにやら含みを帯びている。

「――今更、だ」
「へぇ…お前の成長っぷりには目を見張ってしまうなあ」
「ぶりかえすなよ…おちょくってんのか?」
「違うよ、褒めてる」

 むすくれたような声を上げるシカマルに対して、テマリの声は落ち着いていて始終柔らかい。書籍の擦れる音を断続的に響かせながら、二人の取り留めの無い会話は続いている。
 なんだか無防備な二人の様子に、さすがにここから立ち去りたい気分も生まれてきていた。けれど、作業机で史料を繰っている二人が出入り口への通路をしっかりと塞いでいるせいで、この隠遁術があれども通り抜けることが出来ない状態。二人が立ち去るのを待つしかない。

「…あんただって、ずいぶん変わっただろ」
「あぁ、やるべきことが明確になったからな」
「それもそうだけど。じゃなくて、ずいぶんと大人しくなられたもんだなーと」

 寛いでいるせいか普段見る二人よりもやけに饒舌だ。常ならばその置かれた状況のせいで色々なものに覆われている、その本当の距離が垣間見れて来るようだ。普段は父親に似た微細な表情しか見て取れない男の目元が緩んでいる。

「笑ってんな…大人になったんだからぎゃぁぎゃぁいってられないじゃないか?」
「自覚あったんだ?本戦の時も助っ人で来た時も、アンタそりゃあおっかなかったからな」
「…今は怖くないか?」
「オトナになって、ちょびっとは優しくなられたんじゃないんすかね?」
「お前は会う度に可愛く無くなっていくなぁ。残念だよ」
「可愛くなくて結構だ。」
「昔は私の言葉にぶーぶー反論してくせに。粋がる様子がそりゃあ可愛かったもんだ」
「アンタだって今より感情的だったじゃねぇか。さらに無意識天然は変わらねーけどさ」

 言葉の応酬は楽しげに続く。他愛のないやりとりに見えて、言葉の一つ一つがかみしめられるように紡がれる。すぅっと喉の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。この距離を確かに自分は体験として知っている。
 それにしても空気が悪いと、娘の方が手にしていた資料を机に置き、背にしていた窓を振り返る。重たい音を伴って窓が僅かに開けられたようだった。気温差のせいか瞬時に清涼な外界の空気が流れ込んでくる。
 
「あの泣き虫君がこんなお役目を担うようになるなんて、なぁ。ホント大丈夫なのかね」
「またその話か」
「あの時のお前、本気で忍から足洗おうとしてたもの」
「…まーな」
「そもそも、あの本戦の出会い頭はひどかったなあ?すべてが面倒くせぇって感じの」
「……勘弁してくれ」
「それがどうだ、この大戦の作戦会議に最年少で出席したんだって?」
「ったく…五代目も余計なことを…」
「いつまでちんたら中忍やってるんだろうかと心配してたんだぞ」
「あんただって、五カ国の代表会議に出席すんだろ?そっちのが大変じゃねぇか」
「ウチは人員が少ないからな…それに我愛羅が代表なんだ、しょうがないだろ?」

 シカマルが押し黙る。普段からむすくれて見えるその表情は、年上にあたる娘の前で拗ねているようにも見えた。僅かな間視線を交わし再び同じ調子で話が始まる。

「で、あんたは怖くねぇの?」
「何を今更?」
「…可愛くねぇ答えだぜ」
「あの頃よりも自分の生死に対しては割り切れてるさ。ただ…」

 テマリの視線がゆっくりと史料の詰め込まれた棚をたどる。一瞬目が合ったように感じられて思わず息を飲み込んでしまう。

「心残りなものが多くなった。これだって…やっと実現するかもしれない案をここまで進めたんだ。それが頓挫するのは、嫌だ」
「…んなことはさせねーよ。」
「言うな、若造」
「んなに変わらねーだろ」
「まぁ、私がもしもの時はただでさえ人材不足のうちの里は混乱するだろう。それに…そんなことになろうもんなら、きっとお前がまた泣いちゃうからなー」

 少し茶目っ気を見せて、テマリがシカマルの顔を覗き込む。対してシカマルの方は口を結んだまま無言だ。先の拗ねた表情を潜め、明らかに苛立ちを隠せないでいる。

「おちょくるな」
「だって、いくら体が大人になってきてたって、まだまだ青いんだもの」
「それにしたって縁起わりぃぜ。ったく、コトダマって知らねえの?」
「お前が教えてくれたから知ってるさ。けど、砂では悪いことは言葉にしておいた方が実現しないって信じられているけど?」
「…タチわりぃ」
「ま、戯言はさておき。奈良上忍班長は今回の連合会議には綱手さまと一緒に出席するんだって?」
「あぁ。その次の全体会議には俺も参加するぜ」

 話の転換に憮然とした声音を隠そうともしない。娘の方は、わざと男を挑発するように言葉を重ねる。しかしながらその表情は柔らかい。

「…大丈夫なのか、お前。流石にあの場所で居眠りこいたら寛容な綱手さまだって容赦しないんじゃないか?」
「なんで居眠り前提なんだよ」
「お前は、あの試験委員会の会議でさえ船漕いでたじゃないか?」
「おかげさまでアンタの眠気覚ましには耐性がついたぜ」
「懲りてないな…失態晒させるわけにいかないから定期的にお前の状態をチェックしてんだぞ」
「へー。やっぱり、お優しくなられたんじゃねーの?」
「…ほんっとお前は可愛くなくなっていくな」

 あのシカマルが女に対してちょっかいをかけるように口を効くのも珍しければ、テマリが拗ねたような声を上げるのも珍しい。キャッチボールのように交わされる会話の間には、はらはらと紙を繰る音が響いた。

「いつまでも子供じゃありませんから。まー会議の時はお手柔らかにお願いしますよ、先輩?」
「…生意気。」

 手元の資料に視線を戻すテマリの半歩後ろの位置から、シカマルが彼女を視界に収める。娘は会議の話を淡々と交わしながら手元を確認していた。正面から二人を視界に収めている自分からは男の表情が見えてしまう。普段の仏頂面を見ている分、その眩しいものを見るような眼差しに驚きを隠せない。お前、そんな表情は他人に気取られては駄目だろうに。

「――ま、約束しちまったからな…」
「次こそは、完璧に?」
「あぁ。きっちり自分に負わされた任務は果たしてみせる。それに、今回は、ナルトを守る戦争でもあるからな」
「お前は柔軟な頭を有効活用するために、現場を飛び回らせるんじゃないのか?」
「…ありうるんだよなあ…親父が指揮に絡むだろうし。アンタは――」
「私は…我愛羅の護衛だな。我愛羅はきっと表舞台に立たされるだろうから。お前とは別部隊だろうが…がんばれよ」

 ふ、と自嘲するようにテマリが含み笑いを見せる。相手を叱咤する言葉は、自分に言い聞かせているようにも思えた。
 二人の会話の節々に、交わされている言葉だけではない、過去の共有が見て取れる。

「――じゃあ…今日はそろそろ切り上げるか。我愛羅たちは先に北上してるんだろ?」
「ああ。お前も忙しいのに付き合わせてしまって悪かった」
「いや。こっちもずっと資料の状況も気になってたし」
「この役目に就いて、足かけ3年の財産だもんな」
「もうそんなに経つか?」
「そりゃ、お前が里の中枢の作戦会議に出席するぐらいには?」

 言い返そうとする言葉を飲み込んでシカマルが苦笑する。引き出した資料たちを片付け始めたシカマルを見て、娘の方が制止するように片手をあげた。

「今日は見送りはいらんからな」
「遠慮しなくていいぜ?来賓なんだからよ」
「いや…急ぐ。悪いな」
「――そうか?」

 取り出していた資料をすっかり元通りに戻し、テマリが元来た入口へと歩を踏み出す。

「じゃあ、な。」
「気ぃつけろよ」
「あぁ…――あ」

 ガタリと硝子を打つ音と一緒に、鋭い風が部屋に吹き込む。シカマルの手にしていた一枚の紙が舞った。一瞬で高く舞い上げられた一枚の紙に一瞬意識を囚われる。二人の視線も紙の軌跡を追っている。
 目前で舞い落ちるのは、里の枠を超えたの未来のための書状――今はまだ完成されていない、二人が培ってきた足跡だった。紙一枚の意味の重みを感じた途端、思わず立ち上がる。到達点から羽根のように優美に地へ目掛けて舞い降りる様をただ見守る。
 テマリが空へ手を伸ばした。身を乗り出すように一歩を。シカマルも娘の腕の高さへと。一瞬重なった二人の手の間を掠め、紙面は地へと遠ざかる。
 真っ直ぐに的確な導きで対象を捕えていたのは木ノ葉の忍だった。ほんの一瞬だけ戸惑いを見せた砂のくノ一は、けれど、引き寄せられるがままに身を任せる。
 わずかな…ほんのさやかな布ずれの音だけがした。脳が状況を把握する時を待つように、舞っていた一枚の紙がぱさりと乾いた音を立てて床に落ちた。

「……………」

 自分と同様に二人も息を詰めていることを知る。
 沈黙が続き、ゆっくりと浅い男の方の呼吸が聞こえる。
 日ごろは飄々として動揺などあまり見せぬ奴は、己に触れる拳一つの距離を保って娘を引き寄せていた。

「……………ぁーー」

 空気に消え入るように囁かれた男の声は、本当に音声として捕えられるかどうかの清かなものだ。

「……嫌なもんだ」
「―――戦なんて…ずっと、嫌でしょうがないさ…」

 男よりも年上になる娘は声音こそ淡々としていたが、今まで聞いたことがないぐらいに語尾が彷徨う。落日の緋の中で、互いの影に重なる表情は微かにしか見取ることができない。
 轟々と燃えるような光の中で、刷り込まれた畏怖の感情がまた増大してくる。大戦のあの情景の中、紫煙が燻(くゆ)るように二人はそこに有った。

「オレだって、もう守る側だ」
「そうだ。里のために命賭けてくんだ…これから、ずっと」
「覚悟は、あるぜ」
「なら、嫌だ、なんて――」

 テマリの言葉を遮るかのように、シカマルは固く繋ぎ止めている片手に力を込める。娘の結ばれた髪が震えた。茜色の光の中で、木の葉の忍の左腕と娘の額にある砂のそれが発光するように鈍く輝く。それらは許され難いものの象徴だった。
 
「…あんたのせいでもあるんだからな」
「――お互いさまだ」
「どうしようもないものはしょうがねぇ、だろ?」

 引き寄せられている相手の押し殺した呼吸に呼応するように、娘は自由な片手で男の片腕を掴んだ。
 かつて見た施術室の前の、幼さが残る二人の姿が脳裏を掠めた。

(…なぜ、そんな相手を選ぶ?)

 お前らの頭なら理解できているだろうに。物理的な距離は精神にまで影響を及ぼすだろう。例え想いを通わせることがあれど、お互いを優先できない立場では痛みだけが残る。

「……――めんどくせぇ」

 自分の心中の問いに割入るように男が常套句を吐いた。
 彼が良く口にするその言葉は、元々表に出にくい彼自身の感情に輪をかけて分かり辛くさせる。

「けど」

 突如、言葉に力が込められた。

「早くこんな戦争にケリつけちまって」

 相手に寄り掛かるようにしていた頭を僅かに起こす。成人も迎えていない少年の横顔はやたら大人びて見えた。同じものを、彼がかつて喪失を経験した直後の、朝焼けの中で見ていたことに気づく。

「――まずはこの原案を完成させんだろ。あと中忍試験だって再会しなきゃなんねぇし。やらなきゃなんないことがたまりまくってるんだ。少しでもやっつけといて、あいつが…火影になる時までにしっかり準備しておかねぇと―」

 茜色に発光しているふわりとした髪が揺れる。表情は男の影に隠れて見えなかったが、テマリは耐えるように肩を揺らしている。

「笑うなって。アンタんとこの風影とは違ってこっちは苦手分野が多いんだよなぁ…でも、あいつが里を治めるようになる時には色々なことが変わってるぜ?教育カリキュラムだってより高次な段階になって、俺だって、教える側に…里を支える中心にいる。木の葉と砂だけじゃなくて、同盟規模も拡張して強固になんだろ?そん時の新しい忍の里の後進育成の仕組み作りは、」

一呼吸置き、淀みなく言葉を告いだ。

「あんたと」

 男は少し躊躇うように口を開き、その意志を伝えた。僅かの沈黙。

「…ああ」

ふっとため息をつくようにテマリが返事を告ぐと、触れ合っている地点にさらに力が込められていく。

「がんばるか」
「がんばるさ」

 同じ間合いで二人して堪えきれず控え目に笑い合う。きりきりと張り詰められていた空気が柔らかくなっていくのが、こちらにも伝わる。
 その喪失感を知っているからこそ、この情景は驚くほど直接的に涙腺を刺激してくる。言葉に成らない感情の発露はあまりにも眩しすぎた。
 身動きできぬ自分の前で、二人がさらりと互いの拘束を解く。

「――じゃあ、な」
「ああ、また」

 一時の別れの挨拶のように、簡素に言葉を交わして娘が部屋を出ていく。この位置からは見えぬ扉が閉まる音を聞き、少年は拾い上げた資料に視線を戻した。ゆっくり零れた溜息だけには彼の感情を見た気がした。
 けれど、その瞳に宿る力は揺るぎ無いものだ。

『次こそは…完璧にこなしてみせます…!』

 過去の風景の中の涙交じりの少年の声。その言葉を誘導させた自分の胸にも苦く響くものがある。
 傍にあった無言の少女は、少年の将来を決定付けたかもしれないその場面を確かに見届けていた。 

* * * 
 
 雲隠れの連合会議の一日目を終え、やけに明るい雷の国の夕暮れがその財力を見せ付けるような豪奢な控え室を朱に染め替えている。
 夕の宴前の待合の時間、資料を手繰りながら本日の会議についての確認をしているのは里の頭脳だった。脳裏に浮かんでいた少年の面影が重なる。

「シカク、ちょっと相談がある」

 もうすでに自分の中では決定している事柄を伝えるべく声を掛けると、資料を熱心に見詰めていたシカクが顔を上げた。

「お前の倅の配属なんだがな、遠距離部隊にしてみたい」
「…なんでまた、遠距離部隊に?」

 唐突な話題転換だったのもあるのだろう。里の上忍班長は僅かに目を見開いている。

「ちょっとな…せっかくなんで、あいつの頭を実践的に使ってみたいんだ。将来的なことを考えればシカマルに戦術を学ばせる絶好の機会だろう?」
「…それは、確かにおっしゃる通りですが」
「シカマルの頭は、緻密な計算が必要な遠距離部隊に最適だ」
「それは分かるんですが…あいつの術も踏まえて考えると、先に話したように動ける駒として隊に固定にしなくても…」

 まだ腑に落ちないようなその顔。説得の切り札を出す。

「遠距離部隊には風影の姉がいる」
「……。」
「きっと、才覚あるシカマルには辛い役割が巡ってくるだろう。でも、聞いてただろ?あの日の…手術室前でのあいつの宣言を。あの言葉を聞き届けた人間の一人として、あいつの一途さに賭けてみたい」
「そういや、そんな事も――」

 この父親は息子のことをよく理解している。口元に零れた柔らかい笑みにシカクの結論を察する。
 会話が途切れたので、今一度窓から茜色の空を眺めた―――見上げる空はやはり鮮明な色彩を自分に訴えてきたが、今は畏れよりも優しさが先立つ。
 都度都度の決断に悔いてばかりではあったのだが、改めて自分のこの火影という立場を誇りに感じる。
 
――さあ、今、お前の言葉を現実に変えてみろ。




-了-

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