2ヶ月と2週間


たった一つの誤解は、延々と噂として連鎖する。
すべての事の起こりは深夜に近い時間の見送りの時のことだった。

■ある一夜■

「あ」

カン、と鈍い音を伴って、自分の腕にあったはずの鉄のプレートが地面に落ちた。

「おい、縁起悪いな」

 隣りで地面を見つめるテマリを横目にすぐさま忍の印を拾い上げる。砂が少しついていただけで傷はついていないようだった。ホッとひとまず胸をなでおろす。

「よかったぜ、致命的な傷がつかなくて」

 目立つ場所につけることを義務づけられているこの額宛は、ヘコミや傷はつきものなのだ。とはいえ、識別章でもあるため簡単には交換ができない。

「結びがボロボロじゃないか…よくもまあ、ここまで放っておけたな」
「2・3年前から切れそうで切れなかったんだぜ?頑張ったもんだ」
「大切な額宛なのに、呑気だな……お前、朝から会議なんだろ?繕ってやるから少し寄りな」

 さらりと誘われた。来賓の部屋に…てか女の部屋に男を気軽に呼び込んでいいのか、どんだけ無防備なんだこの使者さんは。ていうかそもそも。

「アンタ、裁縫できるのか…?」
「バカにしてるのか?繕いものぐらい自分でやれなきゃ、任務中どうすんだ?」
「あんたのことだから周りの奴に任せてんのかと。カンクロウが器用そうじゃねぇか」
「確かにお前の言うとおりカンクロウのが丁寧だがな。あいつはこだわりが多すぎでやっかいだぞ」

 予想外ではあったが、彼女の忍の能力は比較的バランスよく習得されているので、生活能力も平均点以上が備わっているのかもしれない。
 ともあれ、せっかくの申し出は断る理由もない。表玄関の木戸は施錠されていたが、慣れたように裏口から旅館の敷地へ入る。離れに近い場所に設えてあった通用門から足音を忍ばせ、少しの後ろめたさも感じながら彼女の部屋へ入室した。

「さ、貸して?玄関じゃ狭いから、少しここで待ってて」
「ああ、頼む」

 通された場所は、長期滞在者向けの簡単な洗面台と湯沸しが設置されたこぢんまりとした部屋だ。奥がテマリが普段くつろぐ部屋なのだろう。襖の2枚ほどが開け放たれているので、奥の窓に近い机には彼女の私物がおいてあるのが見える。端の方にすでに中居が敷いたらしい布団も目にはいる。
 あまり女性の部屋を除いては失礼なので、襖に横顔を見せる形で壁に背を預け、畳がある部分に腰を落ち着かせる。

「なんだこれ…擦り切れてボロボロのくせに布にしっかり食いついてる…」

 自分の額宛と格闘しているらしいテマリの呟きが聞こえる。声が途切れると些細な音が大きく聞こえ出す。静まり返った旅館の彼女の部屋…ちょっとの間の滞在だとは理解しているが、頭で考えてしまうとやけに緊張を強いられた。
 古ぼけた掛け時計の秒針の音が響いている。この控えの間は、和紙で覆われた間接照明になっているせいで部屋が薄暗い。手持無沙汰でちょうど自分の視線を斜め上に向け、カチコチと単調に進む秒針を眺める――23:54分。時間を把握して、一日酷使された体がずっしり重たく感じた。明日はいつもよりも早い時間の招集がかけられているのだ。これから帰宅して入浴して着替えて…考えてげんなりする。
 彼女も明日の早朝で任務のために木の葉を出発すると聞いている。そこまで考えると大変申し訳がないような、それでもその優しさは少しむず痒い気持ちにさせる――。

「――おい、起きろ!」
「ぐあっ」

 突然の容赦のない衝撃。瞼を開ければ見上げる位置にあきれ腐ったテマリの顔がある。その背後には見慣れ無い天井。

「お前は、本当に寝(い)汚いなあ」
「へ?…あれ?」

 何かの違和感の元に気づく。部屋の中が朝焼けの色に染まっているのだ。

「お前、よくこんなとこで熟睡できるな…?昨晩はかなり頑張って揺さぶり起こしたってのに、返事は返す割にぜんっぜん起きる気配がなかったぞ。忍のくせに気を抜きすぎだ」

 カンクロウも酷いんだ、と弟を起こし慣れている様子でひとりごちている。
 上半身を起こすと、昨晩待機していた部屋の床に崩れるように体を横たえていたらしい。彼女の配慮なのか薄い毛布がかけられていた。横に投げ出されていた座布団も、たぶん枕替わりに入れてくれたのだろう。いつの間にか睡魔に負けて眠りこけてしまったらしい。幼少期から睡眠が趣味で生きてきたのだから、昨日の状態ではあたりまえの帰結ともいえるのだが。

「いま、何時だ…?」
「六時過ぎたとこ」

 テマリの応えを耳にした途端に頭が覚醒した。今日のスケジュールが目まぐるしく頭を回る。同時に、自分のうかつさを悟り、あまり周りに知られると問題な状況を作ってしまったことが理解できて、血の気が引いた。

「やべッ、会議が――悪ぃ、すぐ出る―」
「ああ。おい、せっかくのコレ忘れんな」

 ポンと少し投げやりに渡された布の塊は、彼女が昨日繕ってくれた額宛だった。目に飛び込んできた裏の縫い目をしっかり見てしまう。予想外に繊細に糸がくぐっている。なんだか意外なものを発見してしまって愉快な気分になった。

「…お前なにへらへらしてる。急げよ」

 慌てて左腕の定位置に結びつける。お礼を言おうとテマリを見上げると、彼女もすでに自分の荷造りをしているようだった。

「忙しい時にありがとな。アンタも気を付けて行けよ」
「大したことじゃない。がんばれよ」


■長い一日■

 何か様子がおかしくなってきたのは、朝の会議の時だ。
 黒板の図説を終え、自分の資料を手繰っていると視線を感じた。進行の中心にいる綱手が無言でこちらを見つめている。物問いた気な表情からは心情が読めない。何か図説でミスをしてしまったかとすぐさま黒板を見直したが思い当たるようなものは見つからない。何かを指摘したそうな顔をしているかと思いきや、口元が皮肉な笑みを形作る。背筋がひやりとした。
 火影の情報網に、うっかり来賓の旅籠で眠りこけてしまってなし崩しに朝帰りになったことが伝わっているのでは?実は、ここにいる全員がその情報を知っていたり…ということはありうる。そう思い始めると、参加している他の人間の一つ一つの視線に、自分への言葉に、何かしら含みがあるように思えてしかたがなかった。やましいところはないが、宿で一夜を過ごしてしまったのは事実なのだ。時計の長針の1歩がやたら長く感じられる。
 拷問のような時間がやっと終わった時には、まだ一日の始まりの刻限だというのに残業後のように疲れ果てていた。

 会議で確認をした全体説明会は午後一番から予定されていた。それまでに準備の事務作業をしなくてはならない。事務作業は面倒意外の何でもないが、やっと針のムシロのような場所から解放されて足取りが軽くなる。

「シカマル、おっはよう!」
「…おぅ」

 準備室の扉を開ける直前に、背後から不意打ちの聞きなれた声。先ほどのこともあって、応えが遅れる。幼馴染で付き合いの長いいのは自分の感情に鋭い。珍しい緊張を強いられた。

「…アンタ、昨日は帰宅しなかったの?」
「あー作業がたまっちまって遅くまで…って、何で分かるんだ?」

 内心で動揺しまくる自分を余所に、珍しいものを見るようないのの表情。

「シカマル、結構度胸あったのねー?」
「!?」

 含み笑いの顔で自分の傍をすり抜け、ドアの中へと消える。慌てて追いかけて、言葉の意味を問いただそうとしたが、すでにサクラの元へと駆け寄りきゃっきゃと会話を始めている。なぜいのまでも…やはり朝帰りの事が上層部で共有されていて、情報部のいのいちさんが……まさか?時折サクラの視線がこちらを掠めるように感じたのは、自分の疑心暗鬼のせいだと思いたい。
 無理やり話に割り込んで不審がられてもしょうがないので、刷られてきたばかりの配布資料が山になっている机に向かう。

「シカマル、作業はじめようか」
「量多くね?」
「しょーがねーだろ。次の戦争の里内の基本連係の説明なんだぜ?回を分けて全員参加だってんだろ」

 先に入室していたネジとキバが資料を手に取っていた。普通通りの会話が始まったことに、安堵の溜息が出る。
 
「どうするか…これだけあると、工程も分割してやった方が効率良いかもな。」
「…そだな。今日はアカデミー生も確保されてんだろ?4・5班に分かれてやるか。単純作業だかんな。ちゃちゃとやっちまおうぜ」

 サクラ、いの、ネジ、オレがそれぞれの班長になって、配布資料をまとめていく。大人数でわらわら動きながら、必要な数を定期的に数えていく。時間配分と他の班の進捗状況を踏まえて、人員配備もその都度変更していった。
 頃合いを見計らって、自分の担当班から一番遠い位置で作業をしていたネジの作業机に向かい、現在の状況を確認する。

「シカマル、お前…」

 見上げると白眼と真正面から目が合う。
 
「何だ?」
「いや……」

 あえて何も気にしない恰好で問うたのに、逆にネジは言葉を濁す。何なんだ。今朝の綱手とは異なり、あからさまに怪訝とした表情をしている。その隣で口を止めることなく作業をしていたキバはきょとんとしていたが。
 いのとネジ…明らかにおかしい。サクラもか。妙な視線はまるで部屋の中で伝播していくようだった。作業中の雑談たちが、ひそひそとすべて自分を嗤っているように感じた。何気なく自分の忍服を眺める。忍のベストもいつも同じくしっかり前は閉じているし、ベタな口紅の跡が…なんてあるわきゃない。
 別の机に移動しながら片手でさらりと両頬や髪に触れる…変なものはついていない、はずだ。左腕には額宛の布が結ばれている。念のため手を伸ばすと、ちゃんとテマリが縫い直してくれた額宛の鉄部分に触れることができる。
 …まさか。唐突に頭によぎる事柄があった。アカデミー時代のいたずら。片手で背中をまさぐる…メッセージ付きの貼り紙はついていない。大丈夫だ。自分の姿には何も問題はない…はずだ。朝から続く不審な視線を浴び続けているせいで、自分の判断力に対する自信が消え失せている。
 余所事に思考をフル回転させながら全部の机を回り終えると、ちょうど資料必要数が大方そろっていることが分かった。確認票を探していると、サクラといのに立ちふさがるように迎えられる。思わず物理的にも後ずさるところだった。

「シカマル。聞いておきたいことがあるんだけど。今日の朝って、」

 何気ない様子を気取ってサクラの質問。やっぱりそこなのか。

「お前らが想像する朝帰りなんかじゃねーよ」
「…朝帰り?」
「え?」
「朝帰りしたの、シカマル!?」

 墓穴を掘ったらしい。しまったと思った時にはもう遅く、複数の視線が好奇を丸出しにしたものに変わっている。なぜネジとキバまで集まってきてるんだ。

「やっぱり!どこに?テマリさんよね?」
「夜遅いから見送っただけで何かあった訳じゃない!うっかり待機中に眠りこけちまっただけだ」
「待機って…なに」
「…待て。そもそも、そっちじゃないなら何なんだ?」

 そういや朝帰りってだけで、テマリだって特定されるのも飛躍しすぎじゃないのか。言いづらそうに、サクラはしっかり言葉を選んでいるようだ。
 
「私は、テマリさんが今朝で帰るって聞いてたから。そっか。泊まったんなら…」
「ちょっと頼みごとして待ってる間に、別室で寝過ごしただけだって」
「頼みごと、で、待機」
「つまり…」

 いのとサクラは目配せをしている。余所余所しいようなそわそわしたこの空気は何なんだ。

「朝の会議でも五代目たちが妙な顔してるし。いのお前だってさっき…」
「シカマル、気づいてないのか?」

 神妙な表情で、先ほどから黙ってやりとりを見守っていたネジが口を挟む。

「あ?」
「その…」
「しっ」
「ダメダメ!無粋ですよ、そんなこと言っちゃ」

 やいのやいの微妙な緊張感でやりとりをしていたら唐突にガラリと扉が開いた。どたどたと真っ直ぐにこちらをめがけて来る遅刻組のナルトとサイ。一番大変な作業が片付いているし、複数の意味でなかなかに宜しいタイミングだ。
 この場の雰囲気を感じ取っているのだかいないのだか、サイが珍しく自分に視線を投げかけ、口を開く。
 
「シカマルくん、里抜けしたんですか?」
「はぁ?」
「え、とうとうシカマル婿入り?」

 やけに緊張を強いられる間の抜けた静寂。さらりと当たり前に口にされた言葉の意味が理解できない。何の情報が出回っているのか?

「…バカども!」
「いってぇ」
「痛いです」

 サクラが同じ班の二人のぎしぎしとつねりあげている。未だ真意が分かりかねて口をつぐむ面々をうろうろと眺めていたら、「しばらく面白くなりそうだったのに…」とぼやく声が耳に伝わった。中忍に昇進してからは、団体の中で笑いものになる機会が少ない自分が、ネタにされているらしい。けれど、その理由が分からない。遠目に取り囲むアカデミー生がざわつきが静まっていた。
 そして、同期一人ひとりの顔をじっくりと眺める。サクラといのは無視を決め込んでいる。ナルトとサイはサクラのせいで、微妙すぎる表情でだんまりを決めている。ネジは理解しかねる、というような表情のまま、けれど何か助言はくれない。キバに至っては視線を分かりやすくそらされた。

「なんでオレが里抜けしなきゃなんねーんだよ?」
「だって」

 そろそろ限界を見極めたのか、いのがゆるりとオレの左腕を指さす。そこにあるものをぐいと片手でひっぱって表を改める。すべてが腑に落ちた。銀のプレートは見なかったことにして手を放した。

「…オレが里抜けなんてするわけねーだろーが」
「そこで開き直るんですか」
「だから、何度も言っているように、ちょっとオレの睡眠欲が勝って寝過ごしちまっただけだ!」
「寝過ごして、なんでソレがくっついてくるんだ。おっかしいってばよ」
「…間違えたんだろ。あの人が」
「間違えたあ?あのテマリのやつがそんなドジやるかっての。ってか、必携のそいつを外した状況は一体なんだ」
「お泊りで脱ぐ状況だったんですよね」
「脱いでねえ!取れたんだ。ちゃんと付帯するために、こうなっちまったんだっつーの」
「中忍昇進から忍服かっちりの生真面目なシカマルが。他人の額宛と間違える…交換の間違いではないのか?」
「なんで里が違うのに交換がすんだよ!識別の意味がなくなってるだろうが」
「顔に似合わず…オトメなことするのねー」
「だから、取れたのを繕ってもらってて…」
「ほんとほんと。愛は盲目よねえ。あのテマリさんも」
「待ってたら、遅かったから寝ちまって…」
「シカマル君てばあ、最近じゃあ上長会議にもちゃっかり参加しているし。さらには、すでに女まで…!」
「あーー…」

 同期とあって気安いのだろう、突破口が切られれば、やたらと切り込んだ推測をしてくる面々。この成り行きの問題にいちいち言い訳がましく説明していては、尾ひれやら背びれやら羽根まで生えてきそうだ。面倒くさい。多勢に一人では勝ち目がない。現状であがくだけ体力が減る。
 ひとまずネジに現場の片付け指揮は頼み、「逃げる!」という声は振り切って、仕事の報告にかこつけて部屋を飛び出した。


 小走りで火影室を目指す。あー厄介だ。早く家で使っていない代理のものを探さないと。どうとも言い訳ができなくなりそうなので、ひとまず左手の額宛は取り外して胸ポケットにしまった。違反なのは理解しているが、今のダメージでこいつをそのままにしておくにはもう気力が足りない。問われたら、素直に結び目部分が切れてしまったと言おう。
 重たい気持ちを引きずりながら、階段を駆け上り、観音開きになっている重厚な扉をノックして、開ける。

「遅いぞ、砂隠れのシカマル―。」

 すべてを分かり切っている年の功の微笑みで、里の代表が自分を迎え入れる。残り少ない気力が半分以下になったようだ。普段は暴走する代表を抑えてくれるシズネも今は不在ときた。

「…すみません」
「あ?お前…忍のシンボルを外してんじゃねーよ。」
「そうだぞ、忍たるもの額宛は常に携帯しとけ。アカデミーでイルカに習っただろーが?」

 大人しく謝罪するしかない自分に対して、ライドウとコテツが追い打ちをかけてくる。真剣な顔をしているが、腹の中では愉しんでいるのだ。そうか、ここが墓場か。
 そもそも、朝の会議で指摘してくれればあの後のいじられ役になんぞならずにすんだのに。そんな重要な装備だと認識があんなら、なんでその場で注意しねぇんだこのセンパイたちは。

「いや…ちょっと事故で…」
「朝まで共にした愛しい相手と交換したんだろ?バチコーンと堂々とつけとけってんだ。男らしくないねぇ!」

 やはりすでに朝帰りの情報もしっかり共有されているらしかった。色々な問題があるはずなのだが、この豪快明朗な里長はそのような些事は気にしない。というか面白いならアリ、なのだろう。

「里違いで額宛の交換なんざ、死に際の形見でもないと出来るもんじゃねーな」
「そうっすよね。個人認証であり里のシンボルを交換しちゃうなんて…よっぽどの覚悟なんだろ?朝焼けの部屋で今生の別れの儀式を…!いやあ、若いっていいねぇ!イタ甘いよね」
「まさかお前がそういうことするとはな、恐れ入った。さーすがIQ高けぇヤツは堂々としてるわ。せっかくなんだからつけとけって。火影も許してるし、な」
「お前のことだ、どっかに置いとくんじゃなくて、ポケットにでも入ってるんだろー?」

 ぬっと躊躇なくコテツの手が自分の体へ伸びてくる。反射的に思わず手で左の胸ポケットを隠す。

「大切なものは左胸に隠すよねー。大切そうに握りしめちゃって。ちゃーんと見せてくれよぉ、愛の結晶ってやつ!?」
「…そうじゃなくて。いい加減にしてください」

 にやにやと、一方的攻撃に耐えている自分を見ながら、思いついたように綱手がぽんと手を打つ。

「ああ!上忍班長に報告しとかないとな、息子殿の成長っぷりを。とうとう砂隠れの御嬢さんをモノにしたと」
「だーかーら!誤解ですから…勘弁してください」
「ちゃっちゃと報告会は終えて、今晩は宴会だ。詳しく報告しろよー?里長として他里との交流は把握しておく義務がある!」

 取り囲む全員が悪魔の微笑みに見えた。ここも自分の安息の場所はなかった。


■そしてまた夜■

 長い一日だった。半日掛かりの報告会を終え、自分を肴に酒を飲もうとする綱手の猛追から逃げ切りやっと帰路に付く。情報部に急ぎで忍鳥を使いたいと交渉したが、識別章は運ばせられないと注意を受けた。明日からは、母が昔使っていたものを借りるしかない。
 はああ、と今日何度目か分からない重たい溜息が出る。街灯りに伸びる影をぼやっと眺めながら歩いていたら、自分を待ち受けるように珍しい人物がいた。

「おう、久しぶりじゃん。シカマル義兄ちゃん?」

 今一番かちんとくる挨拶に、無言で元来た道に踵を返す。

「逃げるなって!邪見にしていいと思ってんのか?」
「…なんだってんだよ。もう、今日は散々で疲れ切ってんだ、オレは。」
「メシおごれ。走りづめで腹減ったじゃん」
「ふざけんな」
「おい、お前の大切なもの届にきたんだぜ?任務帰りで里に一直線のところを、鬼姉の指示でわざわざ引き返して木の葉の里まで。まるで使いっぱしり扱いの弟に対して…」
「ラーメンか定食どっちが良い?」
「洋食がいいじゃん。オムライスかハンバーグが名物だったらベストだぜ。あ、ソースはデミグラス以外は認めないからな」

 ちょいちょいからかいを挟んで来るが、問題解決に貢献してくれたカンクロウと一緒にご希望通りの洋食屋に入った。姉に散々な目にすでにあっているのだろう。カンクロウは事の詳細には触れてこないのがありがたかった。
 注文したハンバーグのセットとシチューのセットが運ばれる。似合わず目を輝かせるカンクロウを見て、そして気づく。

「お前の額宛…もしかして」
「お察しの通り。任務に向かう姉上様にぶんどられた。力技だぜ?」
「…ご愁傷さま」
「お前の方は、堂々とつけてんのな」
「…結局、つけてる方が周りが面倒くさくなかったんだよ。」
「漢らしいっちゅうか、女女しいっちゅうか。面白れぇヤツだな。ほい、これ」

 今度こそ本物の、昨晩テマリが縫い付けなおしてくれた自分の額宛を手渡される。布の裏をひっくり返すと、今朝見たものよりも縫い目は粗い。けれどしぶといほどしっかり締め付けてある。これならあと5年は緩むことなく使えるだろう。
 代わりに自分の左手の結びを解き、この事件のすべての元凶となったものをカンクロウに手渡す。少しさびしい気がしないでもないが。

「ホント、一日中色んな奴らにネタにされたんだぜ?…あー明日からどうすりゃいいんだ…」
「やましいことが無いんなら堂々としてりゃいいじゃん?こんな面白い笑いのネタ…一週間か2週間…まあ、諺に従えば75日もしたらほとぼりがさめんだろ?」

 ははっと軽く笑い、美味そうにハンバーグを頬張る。他人事かよ、いや、他人事だろうが。

「そういや、うっかりの姉から伝言だ。『すまん!』ってさ」
「…それだけかよ。」
「いや、負い目はかなり感じてるみたいだったぜ?次に会った時は存分に利用すればいいじゃん」

 カンクロウの助言に少し心が晴れるが、次に彼女と顔を合わすのはいつになるのやら。
 それよりもまずは目の前の問題をどうしたものか。広いようで狭いこの巷から自分の話題が消滅するまで、里中を敵に回してオレは二か月と二週間を戦い抜かないといけなかった。





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