続・2ヶ月と2週間



 見上げた空にには、ちょうど真上に燦然と輝く太陽。自分の生まれた国と比べれば、その可視光線は優しさを感じられるものだ。視線を下ろせは、足元に続く緑。高い木々は無く、見渡せる先にはざあざあと音を立てて流れる清流が見えた。清流がぶつかってイオンを発しているせいか、はたまた、人の手を加えられていない緑の放つ香りのせいか、空気がやたら美味い。
 できることなら、そのままゴロンと寝転んで昼寝でもしたいもんだ。一番の体の欲求から目を逸らそうとしていると、ぐぅと腹の虫が鳴いた……ハラ減った。
 それにしてもテマリのヤツ遅せーな。
 任務の引き継ぎのために待ち合わせている川の国に着いて、すでに予定の刻より半時近く過ぎていた。几帳面なテマリはだいたいは前倒しで到着しているので珍しい。不穏な考えが頭を過らないでもなかったが、そもそも木ノ葉での滞在任務からなのであまり気にしなくても良いだろう。きっとあちらの火影やら知人やらと話が長引いているのだ。
 こっちは、ちゃっちゃと引き継いでしまって近くの町場で飯を食って、風の国へと帰りたいってのに。腰かけている隆起した岩の上、気を紛らわすべく横に置いている「鳥」を手に取る。今回の任務では出番が無かったが、今一度仕掛けの動きを確認する。コキコキと接続部分をいじくって手入れをしていると、空腹から来る腹痛も忘れることができた。
 ふ、と唐突な気配を掴んだ。顔を上げると遠方に見慣れた忍装束。片手を上げると、相手も手を上げて返して来る。

「おっせーぞ!」
「悪い。木ノ葉の門番が慣れない奴で手間取った」
「そりゃ珍しい……?」
「さっさと引き継ぎしてしまおう。お前、書面は?」

 目が釘づけになっていたが、普段通りのテマリのペースに押さるままに無言で暗号化された任務の進捗表を手渡した。紙面を見るテマリは、要点だけ押さえるように早い速度で書面の文字をなぞり、気になる点はこちらに確認をとっていく。

「――じゃあ、今日は城下町に行くだけで、依頼主との挨拶は明日で良いんだな?」
「…あ?ああ。」
「何ぼやっとしてる…?移動だけでバテてんじゃないだろうな」

 いつも通りの無表情。巻物を片手に冴えた目でこちらを見つめる様は、傍からみれば隙のない忍に見え、様になっている…が。

「テマリ」
「何だ?」

 間の悪い自分からの呼びかけに、テマリの眉間に皺がひとつ。怖い…が、受け流すことは自分にはできない。これだけ堂々としているってことは本人も周りの反応は覚悟していただろう。
 
「お前、意外にもオトメなこともできるんじゃん?」
「は?」
「いやあ、安心したぜ」
「何の話だ?」
「すっとぼけやがって。」

 とんとん、と自分の額宛を触って示してやる。

「何か汚れがついてるか?」

 要領を得ないテマリは己の額宛の表面をなでている…もしかして自覚が無いのか?不可解さを表に出した顔で返り血?とさらりと物騒な言葉をのたまう。

「や、そうじゃなくって…外した方がいいぜ?」

 テマリは素早く額宛の結び目を解き、そのまま手元に取る。そして、その表を見つめたまま微動だにしなくなった。長い間姉弟として過ごしてきたが、これはなかなかの見ものだった。

「堂々としてるから既成事実の主張かと思ったじゃん?どんな状況で交換したのか聞かせ――ぐぁっ」
 
 頭に抜けるような痛み。硬直していたくせに、容赦なくオレの脛を的確に蹴り上げて来る。からかおうとしたのではなく、その状況を見た時から頭に浮かんだことを伝えただけなのに。

「下衆が。偶然間違えただけだ!」
「…間違えるってなんだよ。言ってる事がおかしいって自覚ねぇじゃん?」
「はぁ?うっかり間違えることなんて人間だからあるだろ?」
「あのな、前提として想定できる、その携帯必須の認証を双方が外して間違えてつける、という状況に突っ込み入れざるを得ないだろーが?」
「…ほつれたのを繕ってやったんだ」
「ほぉ。お前が」
「世話になってるからな。送ってもらっている深夜の帰り道で取れてしまって、翌朝も早くから会議と聞いていた…せざるをえないだろう?想定外だったのはアイツが眠りこけてしまって起こしても起きなかったことだ。」
「…お優しいこった」
「私は本来面倒は見れる方だぞ」
「そりゃ、アカデミーの教え子やら、極々限られた一部の人間だけだろうが?我愛羅とか我愛羅とか我愛羅とか」
「人間は苦境にある方が成長するからな。我愛羅は必要ないだろ?」

 なんという愚問をといった表情で返される。いっつもこいつは末っ子にだけは甘いのだ。いや、我愛羅の過去については自分だって身に染みて理解しているのだが。

「ところでこいつの持ち主を一応確認しておきたいじゃん」
「確認せんでいい」
「ま、聞かないでも一人ぐらいしか想定できないじゃん。そうか、とうとう木ノ葉の若手エリートと目交(まぐわ)った…っぃてぇ!」

 先よりも込められた力をもって踏みつけられた。繊細な小指に集中して力が籠められ、反射的に視界がにじむ。

「下衆野郎。お前もう家に帰らんでいい。我愛羅に悪影響だ」
「冗談通じねえなぁ。とはいえ、一夜を一つ屋根の下で過ごしたのは事実なんだろうが。存外うかつじゃねぇの?お前ら」
「…失敗したと思っている。あいつ、お前と同じぐらい寝穢いんだ。いつものように力込めてひっぱたいたのに起きやしないんだもの」
「――時々オレの脇腹に覚えのない青アザがあるのはそのせいか」
「それでも起きないもんな、忍としてどうなんだ?お前ら」
「なぜ、オレが責められないといけないじゃん?!じゃなくて、どーするんだよ。お前はオレの冷やかしで済んだからいーじゃん。シカマルのやつが気づかずにいたら今頃里で大変だぜ?」
「…だよな。あいつ、疑いなく準備して颯爽と出かけて行ったからな」
「うわあ。どう転ぶかね…あの豪快な火影連中なら恰好のスキャンダルだな」
「よし、しばらく木ノ葉への訪問は控えるようにしょう」
「シカマルかわいそー」
「………」

 テマリは手元の男の形見を凝視している。内心…ほんの少しだけ未だ本当の事実を隠しているかと疑っていたりもしたのだが、どうも本当に何も起こらぬ、うっかりとした一夜だったらしい。

「カンクロウ」
「…何だ?」
「はい。」

 何も感情を載せない冷ややかな無表情で、テマリは自分のものではない額宛を突き出してくる。

「おい」
「交換」
「ふざけんな。」
「こうかん」
「いてッ。ひっぱんな、生地が破れる!」

 他里の額宛を受け取ろうとしない自分に見切りをつけて、テマリはオレの額宛を真正面から掴みにかかる。自分の過ちを反省してるのかと思いきや、行動力のある姉はすでに今後のために動き出したらしい。そしてその行動力において、高い割合で自分の時間や労力は犠牲になってきているのだ。

「私がこんなものつけてたら任務を共にする下忍に示しがつかんだろ?そして、依頼主の信頼にも関わる」
「…お前の過ちなのに『こんなもの』って」
「そこんとこ言うと、お前は任務も終わりあとは里に帰って休暇に突入だ。何の問題がある?」

 ここで逆らおうもんなら、無駄に体力を使う羽目になり消耗してさらに追い打ちもかけられるのだ。どうあがこうが最終結果は見えているのだから無駄な消耗は先にやめておくのが得策だった。問答無用傍若無人にオレの忍としての命はテマリのものになった。
 
「ありがとう」
「…里に戻ったら埋め合わせしろよ?で。どうすんだ、こっちは」
「ああ…お願いがある。できたら帰りに木ノ葉まで届けてくれないか?」
「――あーぁ…せっかくの休暇が一日少なくなるじゃねぇか」
「悪い。シカマルが美味い洋食屋ぐらいは教えてくれるぞ…?」

 飯の話なんか出すから、腹がひどく減っていたことを思い出しちまう。

「ったく。お前はどう謝るじゃん?」
「…考えとく。とりあえず、すまないと伝えてくれ」
「そんだけでいいのかよ?ひっでーな」

 シカマルを擁護しつつ、自分の待遇への不満も含ませる。珍しく困った顔を晒してやがる。

「……そうだな」
「何か謝罪の品でももってくべきところだろ?どうするよ」
「分かってる。何か買うにしても…木ノ葉の物では有り合わせになってしまうしな……」
「ひとまず『あたしのカラダで返すぞ』ぐらい約束してやればあいつも満足いくじゃん?」
「なんだよ、それ?」
「男のロマンだっつの」
「あの男がそんな口約束で喜ぶとは思えんが…」
「そーかぁ?」

 この姉はそのような事柄に初心な人種では決してない。けれど、知識に比べて現実的な理解にかなり偏りがあると自分は踏んでいる。母親が不在の状態で男兄弟の中で育てられて来たのだからしょうがないかもしれない。ただし、身体の方が立派に女性として成長してしまった今となっては、ちょっと不味い方向に間違えることがある。

「そうだ――ちょっと待てるか?シカマルへのお詫びを準備するから」

 悶々と何か考えていたテマリが何やら荷物をまさぐり始めた。

「確かに、詫びは私の身体で返そうと思って」
「へ?」


※ ※ ※


「あーうまかったじゃん。このハンバーグはオレの人生のベスト3に食い込んだぜ」
「…そりゃーよかったな」

 シチューをもそもそ食べながら、無駄に頭を働かせて悶々としているであろうシカマルは応えもそぞろだ。まあ、額宛の件で一日かけて散々いびられ倒したそうなのだから、慣れないこいつは相当キてるのだろう。そしてその元凶は我が姉が作ったものなのだ。

「あ、忘れてたじゃん」
「?」

 日頃よりも輪をかけてぼんやりしている男は、やっとこ食べ終えたシチューのスプーンを置き、グラスの水に手を伸ばしながらキョトンとしている。もちろん忘れていたわけじゃなくとっておきとして最後に残しておいた話題なのだが。

「テマリから謝罪がもうひとつ」
「なんだ?」
「この埋め合わせは 『私のカラダで返すぞ』ってさ」
「…は?」
「いやぁ、我が姉ながら潔いじゃん。お前、テマリ好きにできんだぜ?」

 椅子に掛けていた荷物に手繰り寄せ、中にあるものに手を伸ばす。
 
「ほい」
「……?」

 昼に渡された一つの巻物をシカマルに手渡した。

「何だ…これ?」
「開いて見ろよ」

 恐る恐るシカマルは手元の巻物の封を解いていく。丁寧に巻かれた細身の巻物は、はらりと全体を表した。中心には略式化されたテマリの名と血判がある。その周りに俺やシカマルにとってはあまり見慣れない術式が記述されている。

「…これって」
「助っ人が欲しい時には自由に呼び出したらいいじゃん?あいつのことだ、いい働きすんだろ?」

 ぐったりとした表情は拭い去り、シカマルは茫然としてテマリの書いた口寄せのための文字列を眺めていた。
 
「まー使い方は色々じゃん?…早速、今日の夜中にでも使ってみるか?酷い目に会いましたって慰めてもらえば良いじゃん。テマリの心を擽る同情の引き方伝授してやるぜー?」
「バカなこと言うな…」

 そそくさと巻物を巻き付け、慎重に封をした。無言で左胸のポケットに巻物を入れている。

「――しゃーねーな。これでチャラにしてやる」

 先ほどの出会い頭とは打って変わって、そこはかとなく幸せそうな顔をしてやがる。頭の宜しいこいつは、この巻物の一番有効的な利用方法に考えを巡らせているのだろうが。何となくこいつの算段は残念な結果に終わりそうな気がしてならなかった。 




 
-了-

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