贈る言葉



――気が強そうな娘だ。
 真っ直ぐな視線を向けるくノ一は、他里の上役に対しても怯む素振りを見せることはなかった。立場上、砂の里の要人である彼女のことはもちろん知っている。けれど自分は、個人的な興味から彼女と話してみたいとずっと思っていたのだ。

 日に日に秋が深まり行く夕方、火影執務室のある建屋は射し込む夕日の色で染め上げられていた。目的地へと向かう奈良シカクの歩みが普段よりも遅いのは昨晩の深酒のせいだ。
 昨晩は何時もの酒場でいのいちが珍しく早いペースで酒を煽りくだを巻き始めた。曰く、大切にしているが故の父の苦言に対し、胸をえぐるような痛烈な一言を娘に返されたらしい。具体的に何を言われたかは明かしてくれなかったが、切実さはいのいちの項垂れる様子からひしひしと伝わった。
 けれども、チョウザとシカクにとっては羨ましい悩みとしか思えない。男にとって娘を育てるってのは一つの浪漫なのだから。まあ、ウチの愚息は昨晩から働きづめで帰っていないが、家に戻らずとも心配が無いってのは自分にはちょうど良いかもしれなかった。
 酒の疲れのせいか、頭がぼやっとしている。
 歳のせいか午後になっても不調というのが宜しくない。頭を切り替えるように深呼吸をしてから目的の扉に手を伸ばす。

「シカク!ちょうど良いところに来たな」

 来客中と聞いていたので控え目に扉をノックをしたら、待ち受けていたかのような声がかけられる。「失礼します」と述べてそのまま軋む扉を開けた。
 執務机の定位置の綱手と、その横に昨晩も帰宅できなかったシカマルが控えていた。そしてもう一人、今はシカクの入室を受けて背中を横に向けている来客がいる…砂隠れのテマリだ。

「ちょっとこの娘を診てやってくれないか」
「はい?」

 他里の来賓であるはずのテマリの傍に寄り、ぽんぽんと肩に手を置く。唐突な依頼ではあるが拒否する理由もないので、提出する資料をシカマルに手渡しテマリに近づく。

「どうかしたんですか?」
「あー…どうも咳が止まらなくなっているらしい。簡単に診させてもらったが、ウィルスや内臓疾患でもなさそうなんだ」
「はぁ」

 すでに簡単な診断を終えた綱手曰く、彼女は数日前から突然咳が止まらなくなったそうだ。空咳のみで熱などの他の症状は無い。
 診て良いかと確認すると、深緑の双眸のくノ一は僅かに瞳に不安の色を含みながらも頷いた。
 
「ちょっと、失礼」

 口を開けさせ上向きに顎を支えて喉の奥を確認する。軽く咽頭が炎症しているようだ。空気の動きなどの刺激に過敏になっているようで、肺から押されるように軽い咳込みを繰り返している。症状自体は軽そうだが、四六時中となると辛そうだった。口元を抑えるテマリを見て気づく。

「もしかして、最近草隠れあたりに行ったか?」
「あ、、はい」

 テマリの瞼の皮膚は、僅かに赤味がかかっていた。

「その少し後から喉がおかしくなった、違うか?」
「…そう、いえば」
「じゃあ、たぶんそうだな。ユリネバナの花粉のせいだぜ。潜伏期間が72時間ぐらいで発症する。」
「――花粉?」
「ユリネバナは草原に群生する薄紅色の花だな。花粉の粒子が細かいんで人が吸うと体内に吸収されて、気管支の炎症がゆっくり続くんだ。そのせいで長く咳だけが続く症状が出る。」

 やはり思い当たるところがあるのだろう。テマリは目を見開いていた。

「あ、あの花が…」
「その瞼が腫れぼったく熱を持つのも特徴だ。もう少しすると涙腺がやられるぜ。近寄ったのか?」
「…珍しかったので、つい」

 年若い娘にしては感情が読み取りにくいテマリだが、少し恥ずかしそうに瞳を伏せている。その瞼の赤味を見ながら、シカクはユリネバナの調剤の記憶を手繰る。

「綱手さま、彼女の今日の予定は?」
「ああ、もう話は終わっている。この後は宿で休んで明日は早くに里へ戻るそうだぞ」

 それならば問題無さそうだ。前から考えていたことが実現できそうだった。

「んなら、今から時間あるかい?ウチにその花粉の解毒剤があるからよ、一緒に来ればいい」
「お宅に…?いや、わざわざそんな時間を割いてもらうのは…」
「なに、問題ない。オレももうこの報告書を出して今日は終いだ。せっかくだから夕飯でも食べていってくれよ。アンタにはコイツの初任務の時に世話になってっからな。母ちゃんも一緒に一度礼をしたいと思ってたんだぜ」
「―――あれは、任務だっただけで…」

 どうして良いのか分からないのか言葉の歯切れが悪くなっている。その後ろでシカマルが僅かに頬をひきつらせているのも目に入る。その立場から遠慮やらもあるのだろうが、彼女を断らせるつもりは無かった。

「オレの息子にとっちゃ命の恩人なのは変わらねぇよ」
「そうだったなぁ。アタシの依頼をしっかり果たしてくれたもんな」

 にやりと綱手が微笑み、テマリも二の句が継げなくなった。こうなれば全は急げ、だ。彼女が尻込みする前に外堀を埋めていく必要があった。

「シカマル、お前、今日も未だ事務作業頑張るんだろ?これからテマリ君を家に招くから間違ってでも戻って来るんじゃねーぞ。」
「言ってることおかしくねーか…オヤジ。」
「お前がいると色々めんどくせーだろうが。あ、こいつ今日は戻らねーし、客間に泊まってくといいぜ?」
「…おい…」
「そういや、奈良の邸宅は襲撃の被害が無かったんだったな。テマリ、ちょうど良いじゃないか、宿代も浮くだろ」
「………いや、そんな迷惑は――、ッ」

 酷く恐縮した様子で断りの言葉を口にしようとした途端、咳込んでしまう。

「ま、早く行こうぜ。シカマル、お前テマリ君の宿のキャンセル連絡を頼むな」
「ったく。さっさと行って治療してやれ」
「いや、でも…」
「綱手様、その資料が明日期限のものですんで確認お願いします」

 未だ、まごまごしているテマリの肩を軽く叩く。彼女はどうして良いのか分からない様子で愚息の方へと視線をやっていた。シカマルは観念したのかテマリに頷き返している。覚悟を決めた彼女をそのまま連れ去るように部屋を出た。



「そう緊張すんなよ」

 居間の食卓の椅子に座り、テマリはきょろきょろと所在無さ気に視線を彷徨わせている。少し笑いも含ませた声を聴いたせいか、テマリは視線を膝上で握らせている掌に下ろし「すみません」と小さくつぶやいている。他の里のしかも他人の家、そして父親ほどもある自分と二人きりという完全なるアウェイににあって、普段の気の強そうな様子はなりを潜めてしまっていた。

「もうすぐできっからよ。夕飯も出来る頃合いだから、食前に丁度飲めるぜ」

 テマリ用の調剤はもう終わる。台所の方からは、ヨシノが準備する夕飯の匂い。電灯は点けずに秋の夕暮れの日差しが差し込む居間…シカクが一番好んでいる時間帯だった。
 
「至れり尽くせりで…すみません」
「そう恐縮すんなって。あん時にアンタに助けてもらわなけりゃ、オレらはこんな穏やかに毎日を過ごせてなかったんだぜ?」

 言葉をかける度に彼女は恐縮しているように見える。公の場でのあのきびきびした態度は、彼女なりにその立場故に作り上げているものなのかもしれなかった。
 調剤し終えたばかりの粉末をテマリに渡すと、「ありがとうございます」と礼を述べるなり、一息で水で流し込んだ。苦味の強い成分が多かったのに顔色一つ変え無いところからも、彼女の気の強さを感じられる。自分の嫁に重なるその様子に愉快な気分になっていたところ、縁側の方から小さな来客の音がした。

「おや、ミケ」
「…猫?」
「ああ。ウチで飼ってるわけじゃねーけどな。ウチの縁側やら二階のベランダで寝てることが多いんだ。シカマルが餌なんぞやるから居着いちまって」
「あいつ、そんな面倒なんてみるのか…」

 縁側に座る三毛猫は遠巻きにこちらを見つめている。こちらに見慣れぬ人物がいるせいで緊張しているようだった。その後ろから黒猫も顔を出した。

「名前はミケ?」
「方々で好きに呼ばれてるんだろーよ。シカマルはミケ子と呼んでんなぁ。ちなみにその黒いヤツはクロスケ」
「はあ…三毛猫はメスしかいないし、黒猫はオスか…あまり頓着しないネーミングだな」

 ととと、と縁側から居間へと侵入して来た黒猫は、興味深げにテマリへと近づいて来る。テマリが膝をついて視線を近づけると、すぐにその膝に頭を摺り寄せて来る。三毛猫の方は明らかに警戒した顔で距離を保ったまま見つめるばかりだ。

「あっちの子は警戒心が強いんだな」
「あー、あいつはシカマルに懐いてる猫だからよ。女性には厳しいんだぜ?」
「え?」

 雌猫はどうもシカマルの近くにいる女性に対して敵対心を持つらしかった。以前、チョウジといのが遊びに来た時には、いのだけが引っ掻き傷を負って塗り薬を渡したことがあったのだ。

「猫だって嫉妬心があるってことさ。今日はシカマル帰ってこねーぞ、お前ら」

 言葉を理解したのかどうかは分からないが、シカマルの不在は感じ取っているのだろう。二匹はそそくさとまた縁側から離れて行った。食欲をそそる香りが強くなったと思ったら、机の上には普段の夕食よりもずいぶん豪勢な皿が並んでいる。

「お待ちどうさま。テマリさん、たくさん食べていってね!あなたはお酒から?」
「おう、頼む」

 調剤した薬の効果は覿面だったようで、気づけばテマリの咳はすでに治まっていた。机の上に並ぶ皿たちを見てテマリは目を輝かせている。食事が物珍しいらしい。魚と山菜の天ぷらに芋煮、土瓶蒸しに茶わん蒸し。分かりやすい秋素材の木ノ葉の郷土料理だった。

「定食屋では見ないものばかりだ…すごい」
「大衆食堂ではあまり無いかもな。なんだ、シカマルそんな庶民的なとこばっか案内してんのか?」
「でも、どこも美味しい処ばかり案内してもらってます」
「まーまだガキからな。今度ちゃんとした料理屋も教えておくぜ」

 簡単に料理について説明してやっていると、ヨシノが熱燗を持ってやってきた。一献注いで、また台所へと戻って行く。来客がある時は、ヨシノは一緒に食事を摂ることを遠慮する。大人二人を相手にしちゃテマリも緊張するだろうから、ちょうど良いだろう。
 酌をしようとするテマリを制して、手酌で猪口に入れた酒をすいすいと流し込みながら、脇目にテマリの様子を眺める。

「いただきます」

 初めて食べるらしい天ぷらをしっかり頬張っている。顔が和らいで随分と美味そうに食うので、もてなしている側から見てとても気持ちが良い。表情が分かり難いのは自分の倅も同じだが、あいつは飯を食っていても表情が崩れないのがいけない。
 そうこう脳内で一人講釈している間にも、「美味しい」とつぶやくなり、テマリが次の大葉の天ぷらに箸を伸ばす。良い食いっぷりだ。
 和んだ気分になりながら、ふと遠い日を思い出す。
 弱音を吐き、目の前の現実から逃げようとしていた倅を、やけに苦しそうな声で咎めた少女がいた。火影が増援を依頼した砂隠れの忍たちが、見事木ノ葉小隊を救ったのは知っていたが、その少女があの本戦の対戦相手だったことに驚かされた。シカマルを援助したのがあの対戦相手のくノ一だったとは。
 興味を覚え、思わず影に身を潜め二人のやりとりを見守ってしまったのだ。

「――初めて会ったのは、あの手術室前だったよな」
「そう、です」
「ずっと聞きたかったんだ。あんた、何でシカマルに付き添ってくれたんだ?」

 思いもよらぬ質問だったようで、テマリは僅かに目を見開く。一度目を伏せ思案していたが、ゆっくりと口を開いた。

「…最初は、腹が立って」
「へえ。」

 父親の前で言い辛いのか、言い澱んでいる様子のテマリに笑い掛けながら促す。

「あの中忍試験で私は勝ちを譲られただけ…その借りは直接返してやろうと思った。それなのに、助けに行けばどん詰まりになってるし、決着は着いたのにやたらうだうだ考え込んでいるし……」

 『傷つくのが怖いのか?』――彼女の鋭利な言葉は、じっとりと重苦しい空間を切り裂くように響いた。ただ怒りをぶつけているのではなくて、悔しいような苦しいような声音だった。

「本戦で手合せして、シカマルならば人の上に立てる忍になると思った。なのに、未だ始まったばかりなのにあっさり諦めやがって」

 その時の感情を思い出したのか、普段の強気な表情に戻り唇を噛んでいる。

「あの一戦で、なんでそんな風に思ったんだ?」
「――砂隠の忍は、シカマルのようには成れない、と思う」
「と、いうと?」

 彼女なりの経験からの評価があるようだ。息子の評価という個人的な興味もあるが、他里の人間の考えとしてもぜひ話を聞いてみたくなってきていた。

「砂隠では力の強さだけが絶対だった。柔軟でいて明晰な頭脳があって、価値の判断基準も自分の中にある…シカマルのような奴が上層部にいたら、砂隠の方法は変わっていたかもしれない」
「………」
「父は、失敗したけれど」

 あくまでも客観的に話しているようでいて、少しの苦渋が見え隠れする。
 中忍試験のあの日、幾度も空を見上げてシカマルとの距離を測る彼女。総合的に無駄の少ない彼女の戦闘を見ていて気づいたことがある。テマリの視線は太陽の高さを見ているだけでは無い。空を仰ぐように見せかけて、掠めるように視線を流していた、その先にあったのは最上級の来賓席だ。風影から指示でもあるのかと注視していたのだが、あれは大蛇丸の仮の姿であったので、彼女自身の思惑で風影を見上げていたのだと後になって気づかされた。当時は失念していたが風影は彼女の父親だった。

「――シカマルに、期待している」

 付け加えるかのように、ぽつりと加えた。
 
「楽しみなんです。アイツが忍として成長していくのが。」
「…だから、シカマルに対して厳しいのか?」
「将来、シカマルは良い忍になる。必ず。余所の里の私が言うのも変なことだけれど…だから…できることはしてやりたい」

 視界の中のテマリは、シカマルのことを思案しながら難しい顔をしている。
 ――どうやら、あの日の手術室の前で覚悟を決めていたのはシカマルだけではなかったらしい。偶然の積み重なりとはげに恐ろしい。

「――まあ、忍としてのシカマルはさておき、だな。人間としてアイツはアンタにとってどう見える?」
「人間として…?」
「オレにとっちゃ発展途上中の息子ってわけだ…色眼鏡で見ちまう。他人のアンタにシカマルはどう映る?」

 こちらの意図を汲み取ろうと逡巡しているようだ。生真面目そうな瞳が僅かに戸惑いの色を帯びて揺れている。

「シカマルは…」

 ゆっくりと言葉を選んで、自身の考えを纏めているようだった。

「やっぱり、私にとって…理解の範疇を超えることが多い」
「へえ」
「予想外なことが多くて…育った環境の差なんだろうけど」
「オレにとっちゃ、捻くれてるだけで、分かりやすいんだけどな。」

 澱みなく言葉を連ねていた。テマリが普段より考えていることなのかもしれない。

「人より色々な事ができるくせに、いつだってめんどくさがるし」
「まあ、それはアイツの悪い癖だな」
「死にかけてんのに、女に守られるわけにはいかないなどというくだらないこと言い出すし。」
「…はは」
「口が悪いくせに…結局、女に…人にやさしい」

 認めざるを得ない事象をしぶしぶ承認するかのような、悔しそうな表情だった。
 
「あー……シカマルは…女に優しくとは散々教育してきたんだけどな。あと、逆らうなって。オレがかあちゃんに頭あがらねぇから、反面教師だと思っているかもしれないな」

「何かいったー?」耳ざとく聞いていたのか、台所から声が飛んでくる。

「――あれがウチの最高権力者だ」

 ちろりと、台所の方に視線をやりながら声を潜めて話した。冗談と半ば本気で顔を潜めて話していたのだが、こちらをきょとんと見ていたテマリが崩れるように破顔する。何時も相手を見透かすような鋭い瞳は、目元が柔らかくほころんでいる。
――良い笑顔するじゃねぇか。予想外に軟らかい笑顔を見せてもらうと戸惑いにも似た気持ちが生まれた。若かりし日にいつもつんけんしたヨシノが、唐突に見せたあの笑顔が思い出される。

「うちの愚息にそんな寛いだ笑顔はは見せちゃいけねーぞ」
「?」

 笑顔を崩したまま僅かに首を傾げる様子も、無防備で良い。

「強い女が優しくするところっとホレるような教育してきたからな」

 複雑な顔になり首を傾げたまま硬直している。戸惑った様子を見るに、まだまだ彼女も男女のことには初心なのかもしれない。

「あいつしつこいぜ。将棋の打ち方みてりゃ性格なんてよぉくわかるんだ。」
「…はあ。」
「そんでも…しつこい性格も戦略を立てる時にゃ役立つ。今度の大戦の時もまたフォローしてやってくれな」

 同年代のメンバーの中でのシカマルはリーダーの役割をすることが多い。日ごろ手がかからなそうな風影のフォローを普段からやっている彼女は、五国会議の時でもびしばしと愚息を教育してくれていた。シカマルは役割に対してより高みを目指そうとする。彼女の的確な厳しさは掛け替えのないものだった。
 
「できる限りは、もちろん」
「アイツ、また重役を担うことになるだろう。きっと途中で悶々としてることもあるだろうが、思いきりひっぱたいてやってくれ。最近は同世代でリーダっぽいことやってっけど、まだまだなんだよ、あいつ」

 真っ直ぐな視線でしっかりと言葉を受け止めてくれている。彼女なら一番必要な時にシカマルを叱咤激励してくれるだろう。内にしっかりと優しさをもって。
 自然と笑いがこみあげて来て、さらに杯を煽る――なんと、未来は楽しみなことか。
 がたり、と玄関の方で静かに音がした。

「…ただいま」

 ぽそりとなんだか情けない声音が届く。やっぱりな。

「やっぱり帰ってきやがった」

 テマリはぼやっとしている。まあ懇ろな話が終わったところだ、タイミングは悪くない。躊躇う足音が近づき、ガラスの引き戸が明けられた。

「おい、帰ってくんなっていただろーが。シカマルよぉ」

 お前の行動はオレにとっちゃ手に取るように分かりやすい。

「なんで自分家に帰っちゃいけねーんだよ…仕事終わったんだぜ?」
「テマリちゃんがいるのに、お前が一つ屋根ン下じゃ失礼だろうが」
「…失礼ってなんだよ」
「未熟なお前の存在にきまってんだろーが。しょうがねぇな。お前、今晩は一切一階に下りてくんなよ」
「………」
「ま、お前が帰ってくることなんて、お見通しだったけどな」
「なんだそれ…」

 ぶつぶつ文句を垂れながら、いつもの自分の席に着く。

「お疲れ」
「…心底疲れた。くつろいでんな」
「ああ、美味しいものたくさん食べた後にきりきりしてらんないよ」
「分かりやすいな、アンタ。砂隠れの使者を懐柔すんなら、飯を食わせてやればいいってか?」
「あぁ、お前の常套手段だな」
「あんたが連れてけって言うんだろ?」

 穏やかに会話する様子を傍から見ていると、自然と口元が緩んでしまう。にやにやと黙って二人の見守る。

「昨日も泊まり込みまでしたって…そんなに仕事たまってんのか?」
「手こずることが多いんだよ…」
「どーせお前、日中で居眠りでもしてんだろ?」
「…最近はそんなこともねーよ」
「怪しいなぁ。次の大会議大丈夫なのか?」
「…何の心配してんだよ」
「せいぜい奈良上忍班長の面汚しにならないようにしろよ?」
「テマリちゃんの言う通りだぜ。しゃきっとしろ」
「なんなんだよ…」

 先程のテマリとの会話で、彼女の優しい本音を聞いてきた分、シカマル本人への叱責が微笑ましい。シカマルだけに分かるように、にやりと笑いかける。心底嫌そうな顔で睨み付けられた。
 
「奈良上忍班長直々の指導を仰げるし、美味い家庭料理は毎日食べられるし。ホント、お前、恵まれてるよな」
「おーいかぁちゃん、テマリちゃんが飯うまいってよ!やっぱり持つべきはめんどくさい息子じゃなく娘だよなあ」
「うるせぇ、酔っ払いが!」
「シカマルよぉ、テマリちゃんはあんときの命の恩人だろーが。今度はまた戦争で同じ部隊なんだぜ?先に礼儀をつくすってもんだ。どーせ世話になるんだ、お前は。」
「――あ?」
「同じ部隊…?」

 未だ五影の中枢部しか共有されていない情報を口をすべらせてしまった。しかもこの自分と五代目が決めたことなのだ。突然の情報にシカマルもテマリもあからさまに表情を変えている。

「――まあ、なんだ…シカマルを頼むぜ。テマリちゃん」

 うっかり漏らしてしまった公開前の機密情報は酒のせい、親族内でのハプニングとしてごまかしてしまえばよい。追及の手を逃れるべく、女性らしい軟らかさのある手としっかり握手を交わす。軽い気持ちでの行為だったのだが、おどおどするテマリと無自覚に苛つく息子の目が面白いので、そのままにぎにぎと手をにぎらせてもらった。役得ってやつだ。
 酒は美味いし気が強くて美人の娘さんもいる。せいせいとした気分に心の底から笑いがこみあげてくる。
  
「あんた、いい加減にしなさい!テマリさんごめんね。この人お酒入るとダメ人間になるから。日頃は火影様の傍でエラそうにしているのに、笑っちゃうわよねぇ」

 オレのキツイ女が母親の顔で笑っていた。なんて楽しく幸せな夜なのだろうか、今夜は。

「シカマル、これは見習っちゃだめ」
「へいへい」
「おめーも同じになるに決まってら」
「…飲んだくれなんかになんねーよ。幼少期から反面教師が傍にいるからな」
「いや、お前の未来なんてオレにとっちゃ手にとるようにわかるってんだ。」

 まだまだ遠い未来と思ってたのに、倅はいつのまにやら年頃になって身の程知らずな立場の女を味方につけてしまった。いつかお前は覚悟を決めるんだ。そんなことは今から目に見えている。
 
 やっぱり俺は息子で良かったんだな。
 てめぇが息子で良かったぜ。


 

-了-

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