秋晴れの空の下、優しく吹く風が清々しい。
緑が秋めいている丘の上から、広がる戦場…焼野原を見渡す。遠くまで見ると、地層が抉られ地形すら変形してしまった場所もあった。
多くの傷跡を残し戦争は終わったのだ。けれど、あまりの慌ただしさの中にあって、未だ失ったものへの悲しみがやってこない。
眼下に荒野の中に辛うじて壁だけを残した石造りの建造物が見ていた。この戦争の終結について、今後の隠れ里の同盟締結が交わされいる。もう誰にも戦意など残っていないだろう。
命を賭けて遣り切った。けれども、やはり失ったものは…大きすぎた。
「シカマル!」
がさがさと草木の揺れる音がしたかと思えば、自分を呼んでいるらしい声がする。腰を下ろす場所から振り返ると、背の高いススキを分け入って、テマリが顔を見せた。この終戦の気だるさの中にあっても、いつも通り彼女は鋭い表情をしている。
「お前、未だ終戦後の会談の途中だってのにこんなところで居眠りか?」
「…あんだけ人数いりゃ、オレなんていなくても関係ねーだろ」
顔を合わせる度に背中を蹴飛ばされるような叱咤激励の数々をくれる。普段は女の指摘になかば逃げたい気分になることもあるが、今日は普段通りの彼女の強気な叱責が心地よい。
「そんなことあるか。お前は親父の代理でもあるんだからな。」
言葉を発したテマリ自身が何かに気づいたように押し黙る。あの会談の進められる空間で、火影の後ろに今まで居た人物の不在。そんなことで実感してしまった。
「………戦争中、さ」
オレが腰を下ろす場所のすぐ傍に膝をつき、探るように覗き込んで来る。
「木ノ葉の軍師と名高いシカク殿の指揮を学ぶことができた。そして、お前がそれを実践で引き継ぐところも見届けることができた」
ぽつりぽつりと事実を辿る言葉を紡ぐ。一息置いて、テマリの口元が微笑みの形に変わる。
「お前、良い忍になったな。今のお前なら、良い火影になれるだろう」
「…買い被りすぎだぜ」
「そんなことはない。そう思っている大人たちは多いはずだ」
かつて誓ったことをやっと果たせたんだという安堵は覚える。けれど、犠牲になってしまった大人たちには程遠い。
「お前は、すごいよ」
再び、彼女にしては珍しい遠慮するような表情になって、探るように顔を近づけてくる。いつもは強気な笑顔が限りなく優しさをたたえたものになった。
白い手が伸ばされてなぜか視界を遮られる。熱くなっている瞼に軟らかくてひんやりとしたテマリの掌がある。もう片方の手でぐちゃぐちゃと髪をなで繰り回してくる。労りの無い力だった。
色々な感情がせめぎ合ってしまって、ただ彼女の成すがままにされている。けれど、自分への配慮からなのだろうが、珍しいその笑顔を隠すものが邪魔だった。
「じっとしてろ。泣き虫くんは…」
彼女の掌を緩く握って瞼の上から離させる。
強い言葉を吐く口とは裏腹に、至近距離からこちらを覗き込むその顔が見えた。なぜアンタは、必死に笑顔を作りながらそんなに苦しそうにしてるんだ。
「――なんで、笑う?」
何でアンタまで涙目になってんだ。
あの遠い日に、一番最初の挫折の中にあった自分へ、追い打ちのように発破をかけられたことがある。けれど最悪の事態になってしまうとこの人は逆にとことん優しい。振り返れば、激励する言葉たちから彼女の生来持つ奥深い優しさが見えてきた。
支えられてばかりだ。
オレが駄目になりそうな時や、ここぞという所で後押しをしてくる。
(女に、頼るなんて…)
会うたびに厳しい言葉ばかり。けれど、ここ一番のタイミングで優しさをくれる人に出会ってしまったから。
(親父のせいだぜ。)
戦の中でも、このどさくさの後でも悲しみを味わうことなく、ぽっかりと穴があいたようだった身体に、一気に感情が戻って来る。優しい感情で充たされて行く。
この人は、きっとこの状況での自分の願いは断れないだろう。この人は、オレに優しいのだ。
あの頃よりも視線やらその肩の位置が下にある。自然に手が伸びた。やはり無抵抗に自分に捕えられてくれた彼女の優しさに今日はしっかり乗っからせてもらおう。男として見っともないこと極まりないが、顔をうずめたその身体は暖かい。
父の顔が脳裏をかすめる。
いつもその前を進む背中を見て育って来た。
あの日の、暖かい日差しと一緒に、まざまざと蘇った言葉。
『お前も年頃になりゃ分かる』
ああ、親父、本当だな。
とうとう分かっちまったって、伝えたかった。