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彼の知ってる彼女のこと


 つい先刻、飛び込んで来た噂話。
 里の図書館付けの食堂の隅で、借りたばかりの傀儡の史料を繰っている自分に、傀儡仲間の悪友が話しかけてきた。曰く、「テマリさん、今こっちに来てる木ノ葉の年下の中忍と仲睦ましいって噂だぜ。本当か?」と。
 いつも一緒に馬鹿ばっかりやっているソイツはやけに真剣な眼で詰問してきたので、お前、テマリなんぞに惚れるのは絶対に止めておいた方が良いぞ、と、返すと、自分じゃなく先輩達に聞いて来いと頼まれたと切願された。
 噂の木ノ葉の中忍は一昨日より木ノ葉の代表として砂隠れの里を訪れており、一部の任務はテマリとも一緒のはずだった。テマリの恋愛など知る由も無いので、適当にあしらってやり過ごす。

――ったく物好きが多いもんだ。
 血縁かつ年子の自分にとって、幼少期から一番近くで見てきたテマリなど、怖く、酷く、可愛げがなく、論えるだけプラスの評価からは程遠くなってしまう。
 なのに、そろそろ齢(よわい)20歳という節目を迎える彼女は、やたら里内の異性から評判が良い。それは幻想にすぎないと片っ端から口をすっぱくして訂正しているのに、やつら信じないからタチが悪い。さらには、女々しくないというか…むしろ男気しかないようなテマリは、里内のくノ一からもやたらきゃあきゃあもてはやされていたりもする。今年のバレンタインなど、オレよりも多くのチョコレートを貢がれていたのだ。どうなんだ、それは。
 とにもかくにも、異性同性含めてのテマリの評価を集約すると「強くて、美しくて、優しい」なのだそうだ。一つ目の「強くて」は幼少期の姉弟喧嘩から身をもって体感しているが、後ろの二つは理解ができねぇな。現実が見えてねぇってのは怖いぜ。

 さておき。
 件の噂の相手は自分も良く知っている人物なのである。あいつだ、あの木ノ葉の男……中忍試験本戦でテマリと戦い、その後の五代目火影からの救援要請でテマリが自薦で助けにいったと思いきや、なぜだか木ノ葉の病院まで付き添っていったらしいというアイツだ。
 あの同盟再締結以来、テマリは外交になり木ノ葉と砂を定期的に行き来している。その時に一緒に任務を請け負ったり、同盟間での後進育成のための業務を進めているのがあの木ノ葉の中忍、奈良シカマルだった。
 テマリほどではないが、オレにとっても木ノ葉の忍の中では面識がある方で、あの何を考えてるんだか分からないような、飄々とした…というかぼんやりしているのかわからない面(ツラ)が脳裏に浮ぶ。顔立ちはイケメンってモンじゃないだろうが、地味に整っていて、頭がずばぬけて切れる分だけ切れ長の目やらが冴えてクールに見える。大人の身体つき、顔つきに変化しつつある今、総合的に見てモテる部類なのだろう。なのに、オレと同じ匂いがするんだな。貧乏くじ引いてそうな。
 最近のあの男は、砂隠れの里にも評判が届いて来るほどエリートルートを邁進しているらしいのだ。砂の上層部会議でも奈良家の子息の名が出たことがあったから相当だ。「めんどくせぇ」ってのが口癖だったのに、火影候補のあのチビの影響やらで頑張っているらしい。
 
 そして、その頑張りにはあの怖い姉の影響もあるのではないかとオレは踏んでいる。テマリの話の中に登場しているシカマルは、オレの知るあの男とは少し違うようで、その違和感こそをオレは勘ぐっている。かつては「ナキムシクン」だったのに、今やテマリの中のあの男の評価は何故だか高い。少なくとも、砂隠れの中でテマリと同じく上忍をしているやつらの多くよりはずっと。
 我愛羅と同い年のあの男…本当のところ、テマリとはどのような関係なんだろうか。あのシカマルとテマリという二人だから、確かに気にはなる。二人とも、色恋沙汰にはとんと疎そうなのだ。
 さらにはあの二人の間柄ときたら、歳の差三つ。里の違い。身分差的なものもある。なんつーか、ベタでスキャンダラスで、興味がなくともネタにしやすい設定だな、これは。
 普段は他人の色恋沙汰には踏み込まない自分だが、確かめてみるのも面白いかと思ってしまった。
 あいつらの仲を確かめるための物語を頭の中で練り始める。
  ぱたん、と史料を閉じて目を瞑った――。

「あ!カンクロウじゃねぇか――…ちょうど良かったぜ」

 まさに頭で二人のストーリーを組み立てていたら、登場人物の一人が向こうからネギしょって来やがった。

「こっちも…ちょうど良かったじゃん?」
「は?」

 久しぶりじゃねぇか、こっちはやっぱり暑ぃな、なんてお約束の挨拶を交わしつつ、前に空いている席を勧める。

「で、何だ?」
「…ああ。あのよ…あの人のことなんだけど」
「あの人?」
「――あ…テマリ、のことなんだけど」
「テマリ?どうかしたか?」

 おっと、まさかそっちから話題を振って来るとは思わなかったぜ。
 驚きつつも、顔には寸分も出さずに質問を返す。

「あいつの、好きなものって分かるか?食べ物とか…教えてくれねぇか?」
「好きなもの?何でそんなこと聞くじゃん?」

問い返すと、シカマルは僅かに視線を鋭くして、一拍の間を置いた。

「いや、先月のこっちでの任務で、アカデミーの講師を臨時にやってもらたんで。そのお礼にと思ってよ」

 そんな仕事の謝礼ならば気軽に話してくれればいいものの、しれっとしつつも…ちょい微妙な顔をしてやがるな、こいつ。傀儡師の読心術をなめんなよ。回りくどい言い訳なんざしているが、こいつは…テマリの誕生日を知っているんじゃないのか。

「テマリの好きなもの…ねぇ。テマリは我愛羅が大好きじゃん」
「はぁ!?」

 お、分かりやすく眉間に皺が寄った。隠す気は無いらしい。

「テマリは我愛羅を溺愛してるじゃん?可愛くってしかたないみたいだぜ。我愛羅もあれでいて、尾獣や親父のことで荒れてた時から、母さんの面影があるのかテマリに心を許してるみたいでよ。今だってテマリがやたら愛情注ぐから、密やかぁーに甘えてたりすっからな」
「…はぁ」
「テマリ、そのくせオレに対しては徹底して扱いが悪いじゃん!仕事だろうがプライベートだろうが無茶な指示出すし…拒否を許さないゴリ押しだぜ?」
「…大変だな」
「だいたいだな、あいつは女の自覚がなさすぎるじゃん?自宅とはいえオトシ頃の男が二人もいるのによ。風呂上りやら、こっちに配慮のカケラもねー格好で歩いてやがるからな。一度うっかりバキが我愛羅との用件で来訪してた時、タオル一枚巻いた状態で鉢合わせてよ。珍しく硬直してたぜ、あのおっさん。…っとにいい迷惑だぜ」

 あの時、テマリと遭遇したバキの表情そのまんまに、分かりやすくシカマルは硬直している。

「そのくせしてよ、里では現実を知らない男どもにやたらモテルってのが納得いかないじゃん。」
「へぇ…怖がられてんじゃねぇのか」
「遠くで見てれば分かんねーのかもな。まやかしだぜ」
「お前が言うと説得力あんな…」

シカマルはこちらを同情するような目で見返してくる。…さて、そろそろ頃合か。

「で、お前。あんな女のどこがいいんだ?」
「――なんだよ、それ」

 クールな顔で、さらり、とかわしてきやがる。やだやだ。我愛羅と同い年だろうに…可愛気がないというか。大人びてやがる。

「噂になってるぜー?テマリは里内で有名じゃん。見知らぬ男が一緒にいれば、色々な場所で目撃談が伝えられるもんだ」
「何もねぇよ」
「ほんとーかぁ?」
「…何があるんだ」
「いやぁ、弟としては変なのにひっかからないか一応心配じゃん。まぁ身の程知らずな軟弱野郎が来ても本人が撃退するか、強さに気づいた相手が先に逃げるだろうが。稀に能力もそこそこあるやっかいなヤツも来るからな。けど、そこんとこいうと、お前はオレも知っているし安心じゃん」
「…仲悪そうでも、ちゃんと心配してやってんだな」

 神妙な顔になってオレの言葉を聴いている。口は悪く見えるが、こいつは根が真面目なのだ。

「普段は厳しいしおっかないけどよ…それだけ苦労してきたじゃん、アイツ。長女だからな。一番、立場の責任と「里らしい教育」を受けてきたのはテマリだ。で、我愛羅が風影になってしまった今、一番、死が近くに有るのもテマリだ」

 一段と眼つきが鋭くなった。木ノ葉の策士の顔だ。

「オレとテマリには何よりも命をかけて我愛羅を守るっていう役目がある。テマリも我愛羅の経験や…姉という立場からもそれを望んでるからな。だから、我愛羅にもオレにもテマリを保護することはできない……そんな状態だからよ、ここだけの話、忍なんて辞めて、しがらみが多い里から離れたところに嫁にでも行ってくれないか、と、思うこともあるじゃん」
「……」
「女なんだから、気楽に幸せになってもいいじゃねえか、と。まあ実際のところありぇねえし。あいつが忍を辞めるときは死ぬときだろうけどよ」

 自分で話していて少し気恥ずかしくなってきた…話を戻して、そろそろ詰めの頃合だった。

「――で。お前はテマリに惚れてるのかどうなのか」

 前フリのシリアスな話題のおかげで、こいつもはぐらかしたりはしないはずだった。しばしの沈黙。

「………嫌いじゃない」

 なんとも微妙な回答だ。無表情で心中は読み取れねぇし。でも、こいつは嘘はつけないんだろう。

「お前、騙されてるかもしれねーぜ?あいつの強引さに威圧感。ぎらぎらした笑顔なんて悪魔みてーじゃん?」
「そこまでひどくはねーだろ…」
「あの笑顔を悪魔だと思わねぇんならお前も騙されてるじゃん?あの笑顔で、獲物をしとめるよーに無茶な指示出してくるのが、あいつの常套手段だ…」
「一緒に任務したことあるから分かる…。けど、オレはお前みたいに血の繋がりはないから、基本断れるぜ?」
「本当かぁ?お前だって、言いくるめられて抵抗するのが面倒くさくなって、言うなりになってんだろー?」
「そんなことねーって。女からの理不尽な命令に従うのなんてごめんだ、オレは!」

 男の沽券に関わるから譲れないんだろうが、やけっぱちのカラ強気に見える。実際はどうかしらねーが、口では抵抗せずにはいられないんだろう。

「カンクロウ!」
「お」

 なんというナイスタイミング。
 オレが声の発信源の方角に視線をやると、つられて正面の木ノ葉の忍も振り返った。ひょい、と後方のドアから顔を出した姉がこちらに歩み寄ってくる。きびきびとして、隙がない。普段の行動にも見られる背筋が伸びたしなやかな動きは、確かに忍びとしては一目置かれるもので――けれど如何せん、可愛らしさの欠片もない。
 
「ちょっと頼みたいことが――あ!」

 オレの前の男を認めるなり、テマリの瞳がきらんと輝いた。

「なんでここにいる。連絡係りの振り分けは終わったのか?他里まで来てサボりか?」
「ちっげぇよ。今日の業務は終わって解散した」
「ホント?でも、なんでまたカンクロウと?仲良しだったのか、お前ら」
「テマリ。シカマルはな、先日木ノ葉でお世話になった砂の使者さんにお礼がしたいんだそうだ」
「しっ」
「お礼のために、砂の使者さんの好物を聞きにきたじゃん?」
「お礼?別にいいのに。大したことじゃない」
「そういわず厚意は受け取っておこーぜ?お前の好きなものをわざわざ隠密に聞き取りにきてるじゃん」
「私の好きなもの?」
「シカマル、せっかくだから、直接聞けばいいじゃん?何が欲しいんだ、テマリ」
「欲しいもの…そうだな…」

 思案するように一瞬目を伏せる。すぐに視線を上げて、オレたちのいる方をぐるりと見回し、ふ、と止まった。

「奈良」

 ゆっくりシカマルに近づくなり手を肩に伸ばし、正面真っ直ぐから力の篭もりまくった瞳で見つめている。射抜くような目で捕らえるのは、お馴染みの…テマリの相手に絶対に断らせないための「お願い」方法だ。
 何をお願いしてくるのだろうか。
 テマリは物欲はほとんど無い方なので、無茶な買い物などは頼まないはずだ。けれども、なんだか中睦ましいこの男になら、女らしく欲しいものなどあるのだろうか?
 シカマル本人はもちろん、オレも固唾を呑んで次の言の葉を待つ。
 シカマルがしっかり自分の言葉を待っているのを認めるなり、にやりと微笑んだ…身体に染み付いた嫌な予感が想起させられるアノ悪魔の笑顔だ。こいつがこの笑顔をしたときは、やっかいな頼みごとがやってくる。18年間の経験則でよおっくわかる。
 ところがどっこい、この木ノ葉の策士とやらときたら。
 見た目は先ほどのクールな表情のまま、けれど、テマリの顔に釘付けになって…硬直している。
 
「今すぐ、お前が欲しい。……一緒に第三資料室に行こ?」
「…おう」

 返事を聞くなり、よぉし!と色気のない返事をした。ちょうどお前の手足と頭を借りたいところだったんだ、なんて付け加えているが、ぼんやりした当の本人に伝わっているのか。
 うきうきしたテマリの様子を見れば、本日は徹底的に面倒な作業につきあわせることがありありと分かる。
 ――やるな、テマリ。やりようによっちゃ、木ノ葉を牛耳れるかもしれないじゃん?

「テマリ、ほどほどにな。」
「あぁ。明日も仕事があるんだ、足腰立たなくなるような無茶はさせないぞ」
「――おい、シカマル。」

 テマリに引きずられるように部屋を出て行く情けない木ノ葉の策士に、ちょいちょい、と手招きをする。
 ほけっとした顔で振り返り、てくてくこちらに近づいてきた。普段は何を考えているんだか分からないが、今は何も考えることができていないことが見て取れるヤツに、耳を貸すように手振りで示す。大人しく言うなりになっているシカマルの耳元で口を開く。

「…テマリが好きなのは栗じゃん。甘栗やら栗ご飯があると機嫌が良いからな。一度試してみればいい。あと、知ってると思うが、来週はあいつの誕生日だぜ」
「……」
「本気なら、覚悟していけよ」


テマリ。
こいつならばきっと大丈夫だから。
早く幸せになって。


――オレを、この無茶な奴隷役から解放して欲しいじゃん。






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