オトコとオンナ「お前、ちょっといいか」
「なんだよ?」
中忍選抜試験の資料室。
探さなくてはいけない資料のいくつかが見つからず、ページを繰りながらうとうととしていると、テマリがファイルを自席に置いたまま近寄って来た。オレの回答など聞かず、隣にある椅子に腰をかける。
こちらに向き合った位置でずいっと身を乗り出してきたかと思いきや、オレの肩をぐにぐにと掴むように揉み始める。
「……なに?」
「いや、ちょっとな…」
ふぅん、やら、へぇ、やら一人で納得しながら、服の上から人の身体をまさぐるテマリ。
オレは、突然の行為に無抵抗に触られるままだ。
「…ッおい!」
中忍ベストの前を問答無用で開けられそうになり、流石に身の危険を覚えた。
この砂忍は急所を狙う気か?
無防備に急所を晒さないよう、自分の身体を引いてその魔の手から逃れる。途端、片方の眉を吊り上げて不機嫌そうになるテマリ。オレが悪いのか?
「お前、脱げ」
「!?」
別に攻撃するわけじゃないさ、と、再度手をベストに伸ばす。
「だからー。逃げるなって」
「…なにする」
「いや、お前、最近めきめきと体格が変わってきてるからさ。ちょっと確かめたくて」
逃げるのを諦めたオレのベストの前を開けて、服越しに胸板にべたべたと手をおいて、その感覚を確かめているテマリ。
「いいなぁ…」
「……やめろって」
「減るもんじゃないし、いいだろ?女々しいな」
「…なんか減るような気がする」
「もうとっくの昔にカンクロウには抜かれた。アイツけっこう体格いいんだよ。いつの間にか我愛羅まで私を抜こうとしているんだ。あの子は結構線が細いのに」
ぶつぶつの弟たちへの嫉妬をつぶやきながら、片方の手をオレの背に回し、もう片方の手はちょうど心臓の上あたりにあてがい、両方の手に力を込めている。
胸板の厚さを手で測っているらしいのだが、ぐっと身体の表と裏から力を入れられて、こちらは心臓を掴まれた心持ちだ。
「お前、毎日何食ってるんだ?どれぐらい鍛えてる?」
「…別に、普通だぜ」
「何が違うんだろ…私なんて、一層鍛錬してるのにどんどん無駄な脂肪がついてくるんだ…」
ちくしょう、とぼやきつつ、自分の胸元…確実に出会ったころよりも成長しているその膨らみを確認している。
「……」
「ずるい、卑怯だ」
今度はオレの腕を取り、骨格を確かめるようにしげしげと顔を近づけられる。ぶつぶつ文句を垂れ流しながら、本気でふてくされたような表情をしていた。
「もう私よりでかいじゃないか…何で私の腕はこう生っちろいんだろ…」
横に自らの腕を並べ、差を確認するテマリ。
昨年は確かに彼女の方が背も高かったのに、今は目の高さが同じになっている。普段一緒にいてさほど感じることもないが、こうやって並べると根本的な男女差があった。
「生っ白いって…女だからしょうがねーだろ?」
なんでそこで苛立っているのか理解できず、批判のつもりもなく、ありのままの現実を伝えたのだが、むう、と口をへの字にしている。本気で悔しそうだ。
「手だって…皮が厚そうだ…」
手を両手で握り、指を開かせたり、裏返したり、骨格をなぞられたり。真剣そのものの熱い視線を注いではいるが、いいかげん止めて欲しい。コイツ、自覚がないのか。
「チャクラ使って扇を軽量させないと一日で掌が痛む。無理して豆が潰れても男みたいになかなか皮が厚くならないんだよ…」
オレの手を掴んだまま、また並べるように掌を差し出しているテマリ。見た目には線の細い普通の女の手だ。
そこまで言われると流石に気になって、こちらもテマリの掌を確かめるために顔を近づける。そもそもあの扇は人が扱うには重たすぎる気もしていた。
「そんなもんか?」
気になって少しだけその掌の表面に触れてみる、と。
「シカマルー……!」
がたたん、と勢いよく開かれたドアの音とオレの名前を呼ぶ声が重なって響いた。まるで大の字のように入り口に現れた人物は、互いの手を取り合うオレたちを見て細い目を見開いて硬直している。
「悪ぃ、邪魔したッ!」
飼い主と同じ表情の犬を抱えて、ドアを開け放したままにUターンしようとする。
「オイ!勘違いするな!」
空かさず呼び止めると、おずおずとドアから顔を出してきた。オレが手招きすると、少し躊躇いながらこちらに近づいて来る。
手を既に離していたテマリは、あ、と思い出したような声を出す。
「犬連れのチビか!…でっかくなったな、コイツ」
目の前に来たキバと赤丸に少し驚きの声をあげる。確かに赤丸は最近驚くほど成長している。昨年はキバの頭に乗っかっていた赤丸は、もはや普通の中型犬よりは大きくなっている。相変わらず情けない面しやがって、と口では貶しながら、ぽすぽすとその頭を撫でている。
「久しぶりじゃん。…ねえちゃんなにしてんだ?」
「私も今回から中忍試験準備委員だぞ?知らないのか」
「あ、そっか!――そういえばシカマル、ちょっとお願いがあんだけど」
「何だよ」
「…へへ。ペーパー試験の内容、ちょっとだけヒント!」
「だめだっつーの」
「そこをさあ」
アカデミーで悪餓鬼として扱われていたときから一緒だったコイツは、立場など関係なく色々と気安く物事を頼んでくることが多い。見かねたテマリが口を開いた。
「お前、ずるしてまで試験受かりたいのか?」
「だってさあ!ペーパー試験なんて必要ないじゃん。所詮任務は実践だぜ?」
「ばぁか、実践で何かするのにもランクが上がれば知識の応用が必要になるんだ。試験で出るのは最低限の基礎知識なんだから、それぐらいは習得しとけよ」
「…めんどうだなあ」
オレそういうの苦手なんだよなぁ、とぶつぶつ口の中でいいながらも、オレが普通に話すよりもあっさりと引き下がる。そういえばキバには姉ちゃんがいたっけか。
「あ、ちょうどよかった!協力して欲しいんだけどな…ちょっと、おいで」
「なになに?」
「おま、キバにまで…」
テマリは少し話題を変えようとしていたらしいが、いかんせん、今度はキバを魔の手にかけようとしている。止める隙もなく、先ほどオレにしたのと同じように、キバの肩をがしりと掴み始めた。
「ちょっとごめん…ああ、お前もやっぱり骨格が私よりいいな…」
「……シカマル、なに?これ」
「…知るかよ」
「14ぐらいからぐんと男女差が大きくなってくるんだ。男は鍛える分だけ筋肉になってしまってくるだろ?ほんと腹が立つ!」
左右の肩に触れ、ぐいぐいとその軸を確かめている。
「女は特に胸が邪魔だったらないんだ。」
「むね?」
「そう、ますます脂肪がついてくる…」
「ほんとだ、オレの姉ちゃんよりでかい」
「任務のときに鬱陶しいんだ。ゆれるし、肩は凝るし。鍛えてもあまり締まらない」
たゆんたゆん、と自分の胸の下から持ち上げるように揺らしている。しっかり谷間が見える胸が揺れるのを、二人して無言で見つめてしまった。
「…ねえちゃん、そういうのはあまり外ではやらない方がいいぜ。オレは女家族だから慣れてっけど」
「あ、ごめん。シカマルは免疫ないよな。悪かった」
「別に」
悪びれずあっさりと切り返してくるところが逆に腹立たしい。しっかり身体は女のくせにどれだけ自覚がないのか。
「…ねえちゃんは前よりも女くさくなったな」
「女くさい?」
「うん、オレ匂いでわかる」
「におい?」
くんくん、と自分の腕の香りを犬のように嗅ぐテマリ。
「ねえちゃんには分からねぇよ。オレは鼻が利くからな。ねえちゃんからするのは、甘いってか、良い匂い。大人の女の人から強くするヤツ」
少しだけ鼻をすん、とする。キバは顔を近づけることなくテマリの匂いが分かるらしい。
「あと、姉ちゃんからは…ピリっとするにおいもする」
「ピリっと…香辛料のにおいかな。風の国ではそこらじゅうで臭うからなぁ」
ああ、そうそう、ちょっと鼻がムズムズする感じだ、とキバが付け加える。
「ヒナタは胸はでっかくなってきてるけど、女くささはまだあまりしねーな。でも紅先生はすごくする。成人するぐらいから匂いが強くなるんだぜ?」
「てめ、そんな目でチームメイト見てんのか?」
「ちっげぇよ!普通だろ?男なんだから…あ、そういえば最近紅先生からタバコの臭いが良くする。隠れて吸ってるみたいだ」
「隠れるって…酒は生徒の前だろうが堂々と飲んでたぜ?」
「何でだろ?まいっか。で、シカマルの匂いは…」
「やめれって」
「…森の匂いがする。あと、動物の臭い…と、…タバコの臭いが少し」
「森と動物は、毎朝鹿山に親父と行くからだな」
「…お前、喫煙してるのか?」
じとり、と鋭い視線付きでテマリが追及してくる。
「それはオレの先生…アスマと一緒にいるからだ。オレじゃねえよ」
「ああ、ナルホドな。アスマ先生の近くにいたらぜってー臭いもうつるわな。オレ、アスマ班じゃなくて本当に良かったぜ」
人より鼻が利きすぎるキバは、臭いの強い人物から距離を取っているらしい。
「あと……シカマル、姉ちゃんの里の匂いが少し混ざってるな」
「えぇ?!」
「最近詰めて一緒にいるからなあ。しばらくいるから私にも木ノ葉の匂いがついてるの?」
「どうだろ、オレは自分の里の匂いはわからねぇんだ」
「そりゃそうか」
「でも…うーん…」
今度は少し顔を近づけてテマリの匂いを嗅ごうとする。
「もーやめとけって。寸暇を惜しんで試験勉強しろよ」
「――あぁ、悪いな。受験生を引きとめちゃって。いろいろとありがとうな、勉強になったよ」
ぽすぽすと、先に赤丸にしていたのと同じようにキバの頭を撫でる。まるで違和感がない。
「おう、いつでもまた聞いてよ!」
それこそ犬が散歩に出る時のように、元気いっぱいに資料室から駆けて行く。
「人なつこい犬が2匹いるみたいだなあ。かわいいもんだ」
「14の男にかわいいってのはなんだよ」
「かわいいじゃないか?ナルトと同じ属性だな、あいつ。…比べてお前は可愛気がないからなー」
「あってたまるか!」
「年寄りくさい頭の固い考え方してるし…でも、ムカつくな。骨格がちゃんと男だからな…ねえ、どうやったら、女も骨格からがたい良く
なれると思う?頭の良い奈良君」
ずいっと、これまたやたら近くに身体を近づけてくる。
「別にならなくていいだろ?忍としては十分やっていけんだから。体術極めたいのか?」
「同じ忍として追い抜かれるのが嫌だ。里の男やつらも、私より下っ端のくせして身体は追い抜かしていくからな…」
問答無用でまた手を伸ばしてくる。もーいい加減勘弁して欲しい。
「ヤメレって。オレばっかり触られ損じゃねぇか……」
「え、なに。お前も触りたいの?」
「違う!」
「触りたいんだ、胸。脂肪のかたまりにすぎんぞ」
「それは違うだろ…」
「なんだ、普段、男だ女だ煩いのに、こういうのは駄目なんだなぁ」
「――だーかーら、あんた女のくせに自覚なさすぎるんじぇねぇの?さっきキバも言ってたけど…男だからしょうがねえってこともあんだろ
?」
「そっか。でも、そうだな。女らしい匂いが出てきたってことは、そっちも任務に活用しない手はないな。うん、そう考えれば良いのか」
「だから、そうじゃなくって…」
「そうだ!せっかくだから、男の弱いところを知りたいな――」
思案顔だったテマリの視線がばっちりとオレに注がれる。普通にこれだけの自覚の無い行動をとれる人だ。
適正な室温なのに、嫌な汗が出て来る。
「お前、協力しろ?」
「――」
くノ一として女の微妙な自覚を始めたこの人は、真剣そのものの顔でオレを実験台にすることを決定したらしい。
再び意志を伴って伸ばされる細くて白い女の手を見ながら、オレはオンナの気持ちを身をもって理解できた気がした。
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