On your mark 3


 一夜明けて、風は深夜をピークに収まって来ていたが、雨の強さと…取り分け雷鳴は昨夜よりも酷くなっている。
 本来ならば一昨日の続きの任務を暗号棟でするはずだったが、件の任務のため引継ぎをして早々に部屋を退出する。退出の間際にとうとう停電が発生し、大騒ぎする人々を傍目に、申し訳ない気持ちで後にした。一日の一定の時間、人の視線に触れる場所に出ていくことを指示されているのだ。七面倒ではあるが、どこに間者がいるのかわからぬ状況故、しょうがない。
 テマリの意識の戻らない現在、医療忍者ではない自分は何も打つ手はないのに気持ちは急かされる。あの部屋を離れている時間に、なるべく思考がそちらへ向かないようにするのに一苦労した。
 今日はこの台風のせいで物品の搬入が遅れているのか、いくつかの飲食店や販売店の店のシャッターが下りている。暗号棟に程近いここいらのエリアは、同じ配電区域になっているせいか、店の看板やらの電気がすべて落ちてしまっていた。目的地である見慣れた幼馴染の花屋が遠くに見えてきたが、シャッターは上がっていたものの、この暗さならばついていそうな看板と店内からの灯りが消されている。

「あ!シカマル」
「おー」

 予想外の人物たちが路地から出現してきた。声を掛けてきたキバの側には、しとど濡れしていつもよりも情けない表情になってしまっている赤丸。次いで、雨避けに揃いの木ノ葉マントを着ている内の一人、リーが一歩こちらに踏み出してくる。

「シカマル君は、帰宅指示ですか?」
「いや――」
「俺たちゃ土砂崩れの緊急任務に切り替えだぜ―…あ、シカマル、病院行くのか?」
「…何でだ?」
「病院のにおいがするから」

 こんな雨でもキバの嗅覚は十分機能するのだ。表向きの理由はしっかり揃えられていたが、唐突に突かれると心臓に悪かった。

「ああ。昨日から任務を頼まれてんだ」
「砂隠れの行き倒れた忍を保護したと聞いているが、それか?」

 ずっと会話を見守っていたネジが質問をしてくる。 こういう状況での白眼は少し怖い。

「命に別状はないらしいぜ。オレは彼女が復帰次第、調書を取るように頼まれてる」
「…ナルト君たちはその件で砂隠れの依頼で出てるんですよね。問題なければいいんですが」
「砂からの依頼ってあの我愛羅たちだろぉ?近い距離だからこっちに依頼するって、ずいぶん気軽になったよなー」

 ナルトたちの出動はそのように伝えられているらしかった。救出に出ているナルトと同時に砂隠れ内にも暗部が放たれているが、内部の状況が確定されるまでは内密に進められている。
 
「ナルト君と我愛羅君は親友なんですよ!里を越えて、素晴らしいじゃないですか!」

 そういや、我愛羅のあの一件の任務に参加していたリーは、里に帰還してから真の友情やら何やら、その感動を熱く語っていた。確かに、ナルトとリーは中忍試験から我愛羅との接点が多かったな。

「…じゃあ、オレは行くぜ」
「ええ、お疲れさまです!」

 遠いあの里で進行している、状況によっては国際関係の問題を起こしうるこの事件は、木ノ葉ではまだ知られていないのだ。自分だけがその我愛羅も含めた現状を知っていることに、何だか心苦しい気持ちになって自分から切り出してしまった。
 大事なければいい。せめてそれだけを祈って花屋に足を向けた。


※ ※ ※


 たどり着いた病棟はやはり全体の電気が落ちていたが、自家発電に切り替えられ最低限の電力が配電されているので、周りの建造物と比べて明るく見えた。本館二階奥の個室に向かい、ちょうど巡回していた看護係を捕まえ、保護された時より昏睡状態の砂のくノ一…マツリの状況を尋ねる。
 やはり未だ目覚めてはおらず、いのに渡された花束の半分を取り分けて手渡した。状況が変化したらすぐに連絡をしてもらうように伝えて、本館を後にする。

「あ」

 特別棟に向かう途中、別館を渡っていると、記憶にある衣を纏った白い鼬が廊下の窓際にいた。外にいたのか、白い体毛を雨に濡らした隻眼と目が会う。きぃ、と一言鳴かれた。この口寄せ動物は言の葉を口にできるはずだが。表情など分からぬが鳴き声は控え目だ。きっとこいつは彼女を探している。口寄せ動物とて、現在の彼女の特別棟へは内部からではないと入れないのだ。

「一緒に来てくれねぇか?」

――カマタリならばきっと彼女の力になる。
 こちらの意志が伝わったのか、体重を感じさせずにこちらの肩に乗って来たので、そのまま特別棟へ続く部屋へ入室した。
 教わったばかりの術式で扉を開け、特別棟に踏み込む。結界内に入った途端、首元にいる鼬の身体が緊張した。気配が分かるのか、こちらを急かすように長い尾で背を叩いてくる。

「急ぐなって。あいつは無事だ……」

 自分にも言い聞かせたかった。ずっと頭から離れてくれないのに、彼女の元に近づくにつれてなぜか逃げたいような気分にもなる。
 未だ電気が十分に配電されない状況で、薄暗い廊下を4階まで上がり、一応ドアをノックしてから扉を開けた。

「お疲れさま、シカマル君。…この子は?」

 オレが対外的任務をする午前中はシズネがテマリの側についていた。ドアを開けた途端に、肩を降りて飛び出した白いチビに、ソファで書類を繰っていたシズネは目を見開いている。

「ああ。この人の口寄せ動物なんスよ。彼女を探していたみたいで」
「心強いわね。あ、花束。部屋が明るくなるわ」

 要人用の部屋というだけあって、よくよく見ると病室というよりはホテルのように備品が揃えられていた。シズネは小さなキッチンの下の戸棚を空けて、透明の花瓶に花束を入れ替えてくれる。
 何だか動き難くて、窓辺から外を見ていた自分にシズネは水を入れられずっしりとした花瓶を手渡してくる。

「じゃあ…長丁場になるけど、夜まで宜しくね」
「…了解です」

 花瓶を渡されたことで、強制的に彼女の枕元へと向かわねばならなくなる。
 昏睡している彼女は気づかないことも分かっていたが、足音を任務時のように殺してその顔の見える位置まで歩を進める。枕元には彼女の武具である大扇が立てかけられてあり、足元には彼女が所持していた衣類やポーチなどが籠に納められていた。水差しが置いてある台に花瓶を置き、観念して彼女を顔を覗く。

「………」

 薄暗い自然光の下、昨夜と同じく白い顔で眠っている。その枕元でカマタリがその隻眼でじっと彼女を見つめている。距離をとっている様子が健気に見えた。
 生気の無い彼女が目に飛び込んで来た途端、やはり胸がキリと重たさを増した。けれど、ゆっくりと胸部が上下する様子を見ていると次第に毛羽立っていた心が平静に戻っていく――睡眠をとって呼吸をして、この人はしっかり生きているのだ。
 テマリの負傷は、幻術を使って一般人を装った忍による刺し傷と、そこから投入された毒素によるもの。マツリとの逃亡中に、追跡の忍からの追撃を受けたようだが、マツリが盾になり、そして、カカシ達の邂逅が彼女の負傷を最低限に抑えてくれた。
 すでに出来る限りの解毒も輸血も終え、傷も医療忍術で防がれている。気管支系は通常通りに動いている今は、定期的にサクラが体内の残留毒素を確認しに来て、一日二度の点滴で体力回復を待つようになる。

 さて、長丁場だ。
 正直、待機するのは苦手ではあるが、自分だけの任務であり、そして貸しの多い彼女の…その力になりたい。あまり寝顔の見える位置にいるのもどうかと思い、彼女の足元に近い窓辺に椅子を置いて座った。今朝一時帰宅をして自宅を出る時に親父の部屋から持ち出した本を取り出す。
 結界のせいもあるだろうが、この空間は外界から繰り抜かれたようにやたらと静かだ。火影棟と同じように特別棟は背後の山に隣接しているからかもしれない。普段から結界の術式が施されているらしく、見た人間の意識にそうとは上らないようになっている。さらに結界レベルが最上まで引き上げられている現在、結界の存在を理解し、解除して入り込まない限り、この敷地と上空領域に存在する人物は、外界からの視界に映らないらしい。
 正に、最上級の扱いを彼女は受けていた。
 まだまだ薄暗い空には、普段よりはずっと早く雲が流れている。雨は先ほどオレが外にいたときよりは収まっているようで、さあさあという柔らかな音量になっている。少しだけ窓を開けると、風は昨日と比べて少し冷涼に感じられた。

『昨日、川の国で彼女たちを保護したのは偶然だよ。本当に運がよかった』

 昨夜のカカシの言葉が頭に蘇る。
 閉ざされ、やたら冷ややかで静かな空間。この一連の情景は生涯忘れられないのだろうと、半ば確信を持った。

『出会い頭にあの子…マツリは手負いの獣みたいに本気で威嚇してくるし。満身創痍で後ろにテマリを匿って。あんな若いくノ一とはいえ流石は砂の忍といったところだったね…』

 マツリは、相手が我愛羅の一件で見覚えのあった木ノ葉の忍たちであると理解すると、突然、崩れ落ちて号泣したという。助けて下さい、と。
 すぐにサクラが意識の無いテマリの応急処置をして、一方で、ボロボロの身体で混乱するマツリを何とか落ち着かせ、彼女の知る状況を断片的に聞き出したそうだ。
 現時点で知りえているのは、我愛羅は毒物にやられた状態でカンクロウとバキと一緒に行動していること。そして、謀反を企てていたのは、砂隠れでは着任年数の長い上席であり、すでに音忍が協力しているということ。
 けれど、未だ砂隠れの内部の状況がわからない。あの我愛羅を風影として迎え入れた状況を鑑みるに、砂の忍たち全員が反駁者たちに転覆しているとは思えない。三人の不在は未だ伏せ上手く牛耳っている、というのが妥当だろう。
 けれど、音忍とのパイプもまだ生きていたということもあるから、戦況が一気に傾くこともありうる。最悪、風の国が我愛羅の反対勢力として転覆した時には、戦争を見越して、我愛羅たちを捕らえねばならなくなることも有りうるのだ――。
 一番考えたくない状況まで辿りついて重苦しい溜息が出た。
 窓の外はいつの間にやら、雷雲の暗さではではなく本物の夕闇で覆われている。この位置に腰を据えてから何度も繰り返して来たように、彼女の眠る枕元へと視線を向け、カマタリの変わらぬ様子を見て平常を知る。
 嫌なタイミングで音なき動きを感じた瞬間、室内の電灯が煌々と灯った。停電が解除されたのだ。

「――」
「!」

 一定だったはずの呼吸が変わったかと思いきや、テマリのベッドから僅かに衣擦れの音がする。光に反応したのかもしれない。
 枕元まで駆け寄ると、少し苦しそうな表情をしているが、テマリの目元にくっと力が篭もる。すでに彼女は覚醒しているのだということがありありと分かった。開けるでもなく手にしていた本が、するりと手を抜け落ちて硬質な音を立てて床に落ちた。
 もう、彼女は生命を脅かされていないと里の医療を司る人材それぞれのお墨付きをもらっている。けれど、立ち入りがたいようなその枕元で、その人が目覚めるだけなのにやたらと緊張している自分がいる。

「――……。」

 彼女の名前を呼ぼうとしたのに、声にならない。
 伏せられていた睫毛が微動してうっすらと瞳が見えた。やはり何と声をかけていいか分からず、ただ、その覚醒を見守った。少し瞼が重たいような様子で、視線を真っ直ぐに天井へと向けている。すぐに瞼は閉ざされたが、もう一度開くと、凝視するように天井の蛍光灯を見据えている。

「……だいじょうぶ、か?」

 光から音声へ反応が移り、視線が揺らぐ。ゆっくりと肩で空気を吸い込み、苦しそうに肺に溜められたものを吐き出す。空気が大量に通過することで彼女の喉が嫌な音を立てた。さらに眉間に皺を寄せ、眼球を動かし難いのか、声をかけた自分の方へと顔ごと向けて来る。

「――?」
「待て!」

 状況が把握できないらしく、同時に腕に力を入れて身体を起こそうとしテマリの肩を、力を込めないように押さえる。白い浴衣越しに触れた肩がやけに冷たかったことと、無抵抗に押さえつけることができたことに馬鹿馬鹿しいほど動揺した。
 
「悪ぃ…ちょっと、そのまま…」

 人の死に際だってかなりの数見てきたのに、この人が覚醒して病の人間への正しい対処ができずにいる。体を床に押し戻され、テマリは目を開いたまま呆然としていた。

「人を呼ぶから…おい」

 枕元で臨戦態勢のように、身体を立てたままオレたちの様子を見守っていたカマタリに声をかける。

「少しここにいてくれ」

 当たり前だ、と語るように視線がこちらを見たのを見届けて、すぐに部屋と飛び出した。
 病院の別館研究室に通常任務をしながらサクラか親父が常時待機している。綱手の蛞蝓がいればいいのだが、最上の結界を張られている状況では通信が遮断されてしまうらしく、面倒な直接的連絡手段しかないのだ。
 階段を踊り場まで飛び降りるように駆け下りる。昨日昇るときにはやけに長く感じられた彼女の部屋と別館をつなぐ道のりは、実はかなり短いことに気づく。

「目覚めた、来てくれ!」
「!」
「――シカマル、落ち着け」

 ノックもせずに空けてしまった部屋で、待機していたサクラが驚いて椅子を倒した。ちょうどカカシも来ていて、何時もの眠そうな表情で窘められる。
 サクラが蛞蝓を経由して綱手に伝言をしている。これで、すぐに親父たちもこちらに来るだろう。

「予想より、早かったわね…」

 再び特別棟の扉を開けながら、サクラがつぶやく。

「これからが大変だな…。あの子のことだから里のことで悩み出すでしょ」

 足音しか響かないはずの階段の上層から、硬質な音が聞こえてきた。

「テマリさん、枕元の何か倒したんじゃ」
「急ごう」

 3階から4階の踊り場まで差し掛かったときに、先頭で駆けていた自分の目に信じられない光景が飛び込んできた。
 ありえない。
 昏睡状態から目覚めたばかりのテマリが、自力で壁を伝うように廊下まで歩いてきている。いや、本当は駆け出したいのだろうが、目覚めたばかりの身体は彼女の強靭な意志に従えるほどには治っていないのだ。足元では、彼女を止める手段を持たないカマタリが右往左往している。

「シカマル!」

 一瞬足を止めてしまった自分に、すでに追いついてきた綱手が檄を飛ばしてくる。

「何してんだッ、あんた!」

 影を使った方が早かっただろうが、そんな判断より早く体が動いた。背後を取るようにして彼女の両腕を掴むと、そのままテマリの身体がこちらに倒れて来る。咄嗟に片手を腰に回して支えた。伝わる体温が低すぎる。
 預けられた身体の力は抜けきっているものの意識はしっかりしているらしく、胸いっぱいで呼吸をしながら顔は正面にいる人物たちをしっかりと見据えている。

「……なぜ」
「ったく無茶する…病人のくせに何て娘だ。シカマル、今夜は影で縛り付けておきな」

 運べと指示が出て、力が出ないくせにやたら抵抗するテマリを、引きずっているのか抱き上げているのか分からないようなゴタゴタな状態でベッドまで移動させる。横になろうとしない彼女の根気に負けて、せめて水だけを口に含ませてベッドに腰かけさせた。

「……マツリ…と、があらは…?」
「状況は今から話す。間違え無いように言っておくけどね、木ノ葉はお前達を匿うように動いているから――」

 開かれたままのドアから入って来た親父は、テマリがすでに起き上がっている様子に目を見開く。
 綱手の口から、マツリの状況、彼女が語った情報と木ノ葉の方針について説明される。
 ベッドに座り、身体を少し俯かせるように前屈みになってテマリは綱手の言葉を聞いていた。またふら付いたり飛び出したりしないよう、手の届く位置に控え彼女を見守る。気付けばいつの間にやら、彼女の手には黒い手拭いが握られている。状況を飲み込んで行く内に、血の気の無い白い手に爪を食い込ませんばかりにありったけの力が込められていくのが見て取れた。

「…という訳だから、今お前に出来ることは安静にして体力を取り戻すことだ。シカマルは無茶するお前の見張り任務に付けてるからな。馬鹿な気を起こすなよ?」
「……――ひとつ、お願い、が、」
「?何だ」

 次第に明瞭になっていく声音で、一言ごとを搾り出すように、テマリが言葉を紡ぎ出す。言葉と一緒にぐっと握られた黒い手拭いに見えていたものが、常は彼女が額にしている砂の額宛だということに気づいた。
 
「こんな格好、で、申し訳、ない――」

 ベットに座り、病院の白い浴衣。髪は寝起きのまま下ろされ、普段の彼女から考えると考えられないほど無防備な状態を晒している。
 けれど精一杯に背筋を伸ばし、顔を上げ、真っ直ぐに火影を見据える様子は、立派に外交をしている普段の彼女だった。

「…里の状況も分からぬなか、匿っていただき、ありがとうございます……」

 重く深呼吸をする。見ている方が息が詰まりそうだった。

「これから…我…風影が、…最悪の場合は、私を差し出してほしい。木ノ葉と砂が、戦争、をしてはならない…。私たちを匿ったこと、で…火種には」

 ああ、やはり彼女はそこまで考えが行き着いてしまっている。そして、思考するだけの自分とは異なり、当事者としての彼女の決意は決まっているのだ。

「けれど、我愛羅たちが…死んだ、ことが証明されない内は、私は、あきらめられません…これは、私個人のわがままで、甘えだ」

 彼女は砂の代表としての覚悟を火影に伝えた。けれど、姉としての本音も晒している。青ざめた顔色で、けれども一歩も譲らない様子を見て、綱手は僅かに目を潜めた。
 
「――分かっている。砂隠れの状況次第で私だって木ノ葉の最善策を打つよ。……ったく、小娘のくせに、聡い奴らは面倒だね」
「すみません…」

 綱手の回答に安心したのか観念したのか、はあ、と一息ついてテマリは項垂れるように頭を下げた。 それを見る綱手は、さらに顔を顰める。

「――ま、君に付けてるシカマルも頭回るからね。知ってるでしょ?身体が日常的に戻るまでは頼ってあげてよ」
「そうです!まず、無駄なあがきはせずに寝て下さいね?テマリさん」

 まずは着替えて点滴ですね、と極めて明るくサクラが部屋を取り仕切り出す。一旦、サクラと綱手以外の人間が外に追い出された。

 窓の外を見ると、既に雨も雷も姿を潜めていて静かな夜空になっていた。これから、彼女を保護してから3度目の深夜を迎えることになる。昨夜から一挙に押し寄せた現実に、少し気後れしていた。
 
「――シカマルよぉ。お前、ちょっと飯に付き合え」

 病室では一言も口を挟んでいなかった親父が、がしりと肩を掴んで来る。父はカカシに一言伝えて、この場所から引っぺがすようにオレを病院の外に連れ出さしてくる。

「保護するヤツが、そんな悲壮感を露にしてどうすんだぁ?」
「……悪い」
「あとな、忙しすぎると、飯抜いちまうのはお前の悪い癖だぜ」

 近くの食堂に入り、こちらの希望は聞くことなく定食を2つ注文する。そういや昼飯も食わずに病院に来ていたが空腹は覚えていない。
 
「ありゃ、お前がボロついてたときに発破かけた子だろ。…ずいぶんと大変なお嬢さんだ。さすがあの四代目風影の子ってとこか」
「あの砂で…生きてきた忍だから。あの覚悟は適わねぇ…」
「弱気だねぇ。毒素が回っているあの子の方が強いじゃねぇか」
「……」

 ぐぅの音も出ず、早速出された定食に無言で箸を着ける。しばらくは二人して無言で定食をつついていた。父が注文したオレの好物の揃った定食は、今日は単純な栄養素としての摂取物にすぎない。
 もくもくと只管に胃に詰め込み、水分が足りていない口内に茶で流し込む。

「シカマル、あの子が…大切か」

 ぽつり、と静かに、親父はオレが遠ざけていた事柄に切り込んできた。

「お前があのお嬢さんのことを本気に大切にしたいのなら、お前は人一倍、忍という立場について向かい合わないといけねぇな」

――楽じゃねぇぜ?

「意味を考えることを滅すれば、忍としての任務遂行力は上がるだろ?その逆をやるんだぜ。でも、それはこれから木ノ葉の中枢に食い込んで行くお前にとっては、何事にも代えられない経験になるだろ」

 久々に言葉にして親父に教えられる。食物も摂取して、頭に褐を入れられて、自分の覚悟も固められてきた。

「まあ…単純にはいかねえな。でもよ、お前が信じてるあの坊主がいるんだから、未来はわからん。まず、お前は通常通りの生活をしっかり維持しろよ?覚悟決めて、構えとけや」
 





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