On your mark 4


 アスマの月命日は、アイツの楽天的な性格のような台風一過の青空が広がっていた。清涼な空気に胸が洗われるようだ。昨夜の父に発破をかけられて姿勢を正された自分を、後押しするような朝だった。
 朝一番に花屋前に集まった元班員たちと連なって、墓地へとすがすがしい街を歩いた。数日間は途切れてしまっていた金木犀の甘い香りが、今日は溢れるように香る。墓場に着くと、いつもは厳かで少し時間が止まったように感じるこの空間でさえも、空気が一掃されている。

「ずいぶんでっけー花束にしたんだな」

 色とりどりの花たちを集めた花束を、いのは大切そうに抱えている。

「華やかなのがいいじゃない!しかもこの花なんか今しか入荷しない旬の花よ?レアなんだからー」
「でも、アスマ先生には似合わないよね」
「アイツは、タバコがあれば満足すんだろ」
「アンタねえっ!花屋を馬鹿にすんじゃないわよ?昨日の花束だって、ちゃーんと考えて作ったんだからね?」
「あれ、シカマル、昨日も花束買ったの?」
「あー任務で病院に通って聞き取りだ」

 表向きに共有されている任務を口にする。チョウジは、ああ、嵐の時のやつね、と流してくれた。

「砂隠れの女の子には珍しい、木ノ葉原産の花を集めたんだから。病院に置いても大丈夫なように、香りも控えめだったでしょー?」
「…そうだっけか。まぁなんにせよアスマなんて花には大きさと色っつーカテゴリしかないからな」
「旬とか香りとか、なんだか花って料理と同じだよねぇ」

 そういや、せっかく贈った花束だったが、自分だって色味と手に持ったときの質感しか覚えていなかった。これではアスマを皮肉ることもできない。

「あんたたち…もうガキじゃないんだから、花の種類の一つや二つ覚えなさいよー!」

 ムキになったいのに、ごちゃごちゃと花言葉などを並べ立てられて専門的に説明されたが、オレとチョウジの頭にはその講釈はほとんど意味がない。ただでさえ吸収しなくてはならないものが多いのだから、情報の取捨選択は自動的にされるものだ。
 相変わらず反応のよろしくない男どもを、ったくあんたたちは…と諫めながらも、いのは柔らかな微笑みを湛えている。下忍になって班を編成される前から付き合いがある所謂幼馴染の俺たちは、もうこんなやりとりを幾千回も繰り返してきた。
 あいつが放任主義だったせいでとても絶妙に作り上げられた唯一無二のチームワーク。これは同期の中でも随一だと思う。
 最近は月一度しかこうして揃うことがないこともある。けれど集まれば、間に開いた時間を越えてしっくりする関係。アスマを中心に忍としての通過儀礼のほとんどをこの三人で一緒に体験してもいる。それぞれ大人になりつつある今、ほかの場所では見たことのない表情や言葉にどきりとさせられることもあるが、三人でいれば昔と変わらない関係だった。

「でもさ、あんたちょっーと最近目立って後輩やらにもててるからっていい気になってんじゃないのー?シカマルのくせに」
「シカマルセンパーイ!!って黄色い声を聞く度に、おかしくてしょうがないよね。あのシカマルなのに」
「…うっせーな。お前らもアカデミーやらに業務で携われば、同じようになんだぜ?」

 くだらない事を話しながら会っていない期間にできた距離を埋めていく。関係はいつまでも変わらないけれど、確実に時間は過ぎ自分達は大人になっていくのだ。

「ふふ。でも、私はチームがこの三人でよかった」

 墓前に辿りつき、いのは花を墓標に立て掛けた。三人でアスマに向き合う。

「そうだな」
「そうだね」
「ずっと、アスマ先生と一緒に過ごして今の私たちがあるから。それは一生変わらないわ」

 自分たちの成長を振り返るとどうしても少し感傷的になってしまうが、ゆるゆると吹いてきた風は、チームを見守ってきたあいつのように心地良い。あの日は、人生で最期の日のような心が潰される思いをしたけれど、自分たちは元気だ。
 嵐が過ぎ去り、今日も陽は高く上り、木ノ葉隠れの里を照らす。木ノ葉で育まれた関係。自分にとっての基盤。これらの延長線上に自分の目指す将来が確かにある。
 けれど今は、もう一つの現実が対比されるように自分の側にあった。嵐が過ぎ青い空が戻った今も、彼女は一人で戦っている。
 彼女の一番側にいるのに、別の世界に基盤を置くオレには、彼女を支える方法が未だ分からない。 
 

※ ※ ※ 
 

 昨夜覚醒した彼女は、精神的な高ぶりを抑えるために強制的に睡眠導入薬で眠らされた。そのまま医療忍術を使えるシズネが同室に付くことになったので、自分はお払い箱だったのだ。
 けれど、今日こそテマリの保護をオレは命じられている。先ほどまで起きていた彼女は昨夜と比べてずいぶんと落ち着いて、呼吸や言葉もしっかりしたものになっていた。これならば昨夜のように感情的になることなく、身体を休めてくれるだろう。
 特別棟の4階から見える空も、やはり清清しい。
 彼女が眠りについてからもう3時間は過ぎたか。これだけゆっくり雲が流れる様子を眺めていたのは久しぶりだ。アカデミーの頃は様々なことがすべて面倒に見えて、睡眠を取るか空を見上げて浮遊したような時間を好んで過ごしていたものだった。ただ、平穏で気楽な人生を送りたかった。
 けれど今の自分は、ぼんやりと雲を眺めながらも彼女に何ができるのかを考えている。自分の里にいて、しばらくは近くに彼女がいる…不謹慎ではあるがくすぐったいような温かさが心のどこかにある。
 ぱさり、と布ずれの音がした。

「起きたか…?」

 ゆっくりとテマリが身体を起こしている。寝覚めたばかりの頭をふるふると振り、一度強く目を瞑ってから瞳を開けた。きっと彼女は、オレとは正反対に普段の寝覚めも良いのだろう。
 テマリは無言でベット脇にある水差しに手を伸ばした。

「待て!オレがやるから――」
「…水ぐらい、自分でやれる」

 青ざめた顔に、それでも苛立ちの片鱗を口元に表してテマリは呟く。

「力が入らねぇだろ?溢されてもこっちの手間だからな」

 彼女の手を戻させて、水差しの水を器の半分まで注ぐ。ガラスで出来た器をテマリに手渡すと、受け取ったその手は水の重さのせいで少し傾いた。
 未だ体内に残留毒素のある彼女はほぼ絶食状態にあった。一定の濃度まで毒素が少なくなるまでは、口からは若干の糖分と塩分を含んだ水の摂取しか認められていない。点滴は受けてるとはいえ、栄養分は足りていない。しかも、4日前からずっと床に付いているのだから筋力は嫌でも鈍っているだろう。

「少しずつ慣れていかねーと。飲んだら注ぎ足すから言えよ」
「…監視というより、まるで口の悪い召使だな」
「召使じゃねえ!」

 悪態を吐きながらも、白い顔で水分を飲み干した。はぁ、とゆっくり息を付いたので再び眠るのかと思いきや、掛け布団を捲りずりずりと身体を移動させている。

「―何してんだ?」
「少しぐらい、いいじゃないか」
「駄目だ」
「こんだけ寝てたら気分が後退する。それにお前が側にいるんだから無茶はしないさ…」
「……」

 病は気からという諺が頭をかすめ、それも一理あるかなんて躊躇っている間に、テマリはベッドに腰をかける体勢になっている。少しでもふら付いたら影でベッドに戻して縛り付ける覚悟で見守った。
 一度ゆっくりと深呼吸をして背を真っ直ぐに伸ばす。足元に視線を落とし、両手で身体を支えながら、力の重心を両足へと移動させている。
 普段の颯爽とした彼女を思えば無様な立ち上がり方ではあったが、両手を離してすくりと自力で立ち上がる。一歩目を踏み出し、足を踏みしめて窓まで進んだ。予想外にしっかりした足取りに、数日前から重苦しかった自分の心が僅かに軽くなる。
 
「昨日よりは身体が自由になる…」
「しっかり睡眠を取ったからだぜ?」

 無謀な行為を揶揄する言葉は聞き流して、彼女は窓の桟に手をかけ、広がる木ノ葉の緑をしげしげと見つめている。

「こっちは、街側ではないんだな」
「ああ、外壁の役割もある山に面して建ってる」

 人一人分の距離を開け、オレも同じように空ではなく緑を眺めた。満足したのか、テマリが身体の位置を変えようと動いた。

「!」

 窓の桟に手をかけたまま、かくん、と唐突に直立の姿勢が崩れる。糸が切れた操り人形のように、重力に従うその身体を影で支え、床とテマリの間に身体を滑り込ませた。

「――だから未だ早ぇんだ!」

 普段が戦闘中でさえこんな様子を見たことがないから、こちらの心臓に悪い。力の抜けた体を後ろから抱くように座り込んだ状態で、密着した距離をごまかすように、半ば本気で叱責してしまう。
 テマリは身体をよじらせ、オレの膝上から向かい合う位置に抜け出した。

「力が抜けただけだ…大げさな」

 こちらに目を合わせずにもごもごと呟きを口にしている。

「こんなに弱ってるあんた、未だかつて見たことないぜ。不安になんだろ…」
「……ごめん」
「焦る気持ちは分かる。ただ、もうちょっと人を頼れねぇか……オレはそのために命じられてここにいる」
 
 本音を任務に交えて誤魔化した。俯くテマリもやけに従順な様子で、オレの言葉を受け止めているようだった。

「……お前、熱でもあるのか?」
「は?」

 彼女に抜け出され、手持ち無沙汰になっていたオレの右手にテマリが手を重ねてくる。確かめるように力の入らないひんやりとした手で覆い、ゆっくりとささやかな力が込められていく。

「高くないか…体温…」
「……」

 平熱の自分にとって冷やかに感じられるその掌。顔が見えない。無表情で、呆然とした瞳からは何を考えているかも読み取れない。昨日からその身体に触れる機会が多いが、こちらがかなり緊張を強いられているのに対して、彼女はただ無感情にオレに接しているように思えてならない。

「オレが高いんじゃねぇ、アンタが低くなってんだ…」
「…そう?」

 やけに白さが目に付くその手で、テマリは自分自身の首筋や頬を触っている。

「…自分じゃわかんねぇだろ」

 立ち上がらせるために手を差し出すが、ふるふると頭を振ってから窓の桟に手を伸ばす。ふらつきながらやっと窓の桟によりかかるが、そのまま動けなくなる。

「分かっただろ。未だ無理だって…」
「…もう、鈍ってる…これじゃ使い物にならない――」

 心底悔しそうな顔で、今あるすべての力を搾り出すように握り締める拳に力を込めている。頭では分かっているのだろう。けれど、懸念事項のせいで身体がじっとしていられないのだ。

「――まずは安静にして解毒を待て。二、三日もすれば食事も摂れるようになるんだからよ。そっからは嫌でも身体を動かさないといけないんだ。最短で復帰してぇんなら今は静かにしてくれよ」
「わかった……」
「じゃ、そのまま動くな――」
「ちょっ――」

 問答無用で無抵抗な身体を抱き上げてベッドに戻した。こんなことが許される状況は役得以外の何物でもないが、こちらの心情を仄めかせば開きかけている彼女の心は閉ざされてしまう。
 しばし呆然としていたテマリは、状況を把握するなり憮然とした表情になる。

「オレなんかにスキを突かれるんだぜ、今のアンタは。ついでに、火影からあんたを捕獲する許可もでてるし、今なら影なしで捕獲できる」

 彼女の心理を上手く利用して、大人しくなるような台詞を用意する。この関係にあってオレがこの人を支えるためには色々と小細工が必要なのだ。

「逃げやしないさ…昨日は状況が分からなくなって混乱しただけだ。本当に、ずっといるのか…?」
「基本な。早く…休んで力つけろ」

 そうだな、と溜息のように呟いた。肩の力が抜け落ち、表情が緩んでいる。

「けど、お前がいると、安心できる…」

 ふっと観念したように溢された台詞に、綱手の任務を命じたときの言葉が想起させられた。まるで、押し殺していた感情を揺り起こすような威力。

「――里が違っても…そう、思えるようになったか?」
「同盟国だからな。それに、お前は頭は抜群に優れている。私の里でも敵う者はいないかもしれない」
「そう、じゃないだろ……?」

 弱っているタイミングで女に漬け込むなんて最悪だと分かっている。けれど、彼女は話の核心を意図的逸らしているように思えてならない。

「それに、お前は男だ女だごちゃごちゃ煩いだけあって、女の扱いが上手いし紳士的だ」
「オレ、は――」
「お前のことを、木ノ葉で一番に認めている――そういう話だ」

 扉を閉じるように話が打ち切られてしまう。
 一瞬で沸きあがった感情のせいで、冷水をかけられた瞬間の落差は大きい。覚悟の浅い自分は、押し黙って定位置に戻る。
 気づけば、いつの間にやら、黄昏の時が過ぎ窓の外はとっぷりと暮れていた。
 いつでも眠られるように部屋の隅の間接照明だけをつける。無言になってしまったテマリは眠るわけではなく、まんじりともせず時の経つのを待っているようだった。
 余り良くはない状態だ。夕方から夜に変わる時間帯には、人間の心が鬱方面に傾くことは医学の統計からも認められているらしい。一定の頻度で重苦しい溜息をする様子から、彼女の、その不安が浮き立って見えた。

「……なぁ、眠れないなら薬飲むか?」
「いや…いい」
「考えてもしょうがないことは、考えるな。無理やりでも別のことを考えろよ」
「分かってる…」
「ナルト達が動いてる。木ノ葉の暗部も舐めるなよ?それに、そもそもアンタの里の忍だってヤワじゃねぇだろ?」
「くやしい…毒物耐性は人一倍あるのに…まだ、私が学校に上がる前に毒物を少量ずつ摂取していたころがあったんだ。初めての訓練のとき、カンクロウは5日起き上がれなかったけれど私は2日で歩けるようになった。けれど、我愛羅は――」

 話が飛躍して支離滅裂になってきている。思考を止めさせないと。

「今はごちゃごちゃ考えんなって…」
「私がイライラしてもしょうがないことは、わかっている!」
「……」

 『お前がイライラしても仕方ないだろ』

 かつて、まだまだ子供で不安定だった自分へ彼女が放った台詞。あの一連の出来事は、平坦な人生を望んでいた自分を、里という表舞台へ引きずり出した。
 いつも前を進んで率いてくれる人なのに、今は、こんなに。

「分かってるんだ…だけど、どうしようもない……」

 押し殺せない感情のままに、止め処なく続けられる言葉は弱弱しい。

「…ねえ、私は、あの子の幸せを一番に願っている」

 近くから聞こえている声は今日はか細く遠い。様々なものに力を奪われ、いまここにある僅かな力を搾り出して、自分に言葉を伝えている。

「あの時、ナルトが命をかけて救ってくれた。私は血のつながりのある姉なのに、それまで何もできなかった…無関心だった。けれど今なら、里を犠牲にしてでもあの子たけはと思う気持ちもある。あの子は、今まで背負ってきたものの分、誰よりも幸せにしないといけない――」

 滔々と単調に、か細く紡がれていた言葉が、ふと優しい色合いを帯びる。

「私の弟なんだ」

 定期的に投与される解毒薬は彼女の体を巡っている。麻酔にかけられたように夢現のような表情。静かな吐息を漏らすような声ではあったが、思いを饒舌に述べている。

「かつてはね、我愛羅の暴走が酷くなって、父が…暗殺を指示してからは私を風影にしようという考えもあったらしい。物心つくころからそのように…教わってきたから。ちゃんと、覚悟は、私にもある」

 はぁ、と体にこもる熱を熱そうに吐き出してから、ゆっくりと口を開いた。

「私は、我愛羅のためならば死んでもいい」
「………」
「けれど、私やカンクロウが死んだらあの子はとても傷つくだろう?里には未だあの子を化け物扱いする輩だっている。今まで、傷ついてきた分…本当にほんとうに優しい子なんだよ…だから、我愛羅が生きているのなら、死ねない…」

 生きているなら、と口にしたあたりからその声は震えていた。うっすらと開けていた瞳を閉じる。瞬間、絶対に他人が見てはいけないものを見てしまった。
 頭で分かっていても目をそらすことができない。テマリは、さして自由が利かない左手をゆっくりと動かし目元を隠すように置く。そのまま体内の毒素を吐き出すように、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
 コチコチコチ、と、今まで気にもならなかったのに、嫌なほど室内の時計の針の音が響いて聞こえる。
 意気地も思い切りもない自分は、声をかけられずに見守ることしかできなかった。この人の気休めになるような優しい言葉も、嘘も、今の自分には思いつくことはできない。
 触れることもできない。
 彼女の深呼吸が繰り返される度に、心臓をぐっと握り続けられているような重たい痛みが生まれる。どうやったら、父の言うようにどっしりと構えていられるのか。
 やたら長く感じられた時間を経て、彼女が腕を戻した。そのまま目を開くことなくゆっくりと眠りを待っているようだった。

「電気消すぜ」
「…ああ」
「…早く寝ろ。寝とけば体力は戻るからよ…すべてはそっからだ」
「ああ…」
「ここにずっといるから、体調悪くなったらいつでも呼べ。おやすみ…」
「…ありがとう、奈良」

 窓の横にあるスイッチを押すと室内が暗闇に包まれる。少しすると目が慣れてきて、窓から見える三日月と一等星の光が光源となり、室内も見とれるようになった。音を立てないように歩き、再び椅子に腰を下ろす。
 目を瞑り無機質に響く時計の音に耳を済ませた。時は単調に常と同じ進度で刻むはずだが、この部屋の中では、静かに、静かに時間は流れているように感じられる。
 自分の息遣いを意識しないようになった頃に、やっとテマリの呼吸が落ち着いた寝息に変わる。
 目を開き、静かに眠る彼女の顔を見つめる。
 知り合って4年。この木の葉の里の人間の中では一番に近しい間柄になっていると思う。それは、彼女にとってもだということが、先のテマリの言葉で確信できた。普段はあれだけ距離が隔てられているのに、この数日はこんなに近くにある。
 彼女は、強い、風使いだ。
 けれどこの人は、彼のために生きる、風使いだった。
 自分を節目ごとに変えてきた強くて美しいこの人に、月日を経るごとにがんじがらめになっていく。彼を一番に想い、泣き、彼に命を賭す彼女が、どれだけ遠い存在なのかを知らしめられる。
 届かない。届けようが無い。これだけ近くで同じ時間を過ごしていても、彼女は自分の日常とは別の場所にいる。
 けれど、自分は彼女を支えると決めた。
 あの時の彼女のように、自分が彼女にできることは何なのか。
 ぼやぼやと深淵を彷徨っていると、昨夜から不在になっていたカマタリが窓際からこちらを見ていた。
 視線をやると、すばしこい動きで飛ぶように駆けて来た。自分の肩に飛び乗り、彼女にだけするように首元に身体を巻きつけた状態でぺたりと身体を落ち着けて来る。驚いた。ベスト越しではあったが、あったかい。彼女に近づきたいのに近寄れないのは自分と同じようだったけれど、その視線は揺らいでいない。
 それを見た時、自分の本当の覚悟が決まった。不安と焦燥は拭えないが、ただ、近くにいればいいってもんじゃない。彼女のためを思うならば。
 次第に冴えて来る頭で虚空をにらみつけていると、限りなく遠慮したノック音が聞こえた。途端に首元の温もりが消える。

「シカマル…」
「ああ、入れよ。少し前に眠ったところだ…」

 巡回の時間だった。サクラが静かに入室してくる。

「着替えと身体も拭きたかったんだけど、寝たばかりなら時間をもう少しずらすわね。あんたもその時に食事を摂って。あと…ナルトから伝達が来た。今はまだ手がかりが見つからないって」
「そっか…でも、そんな簡単にくたばらねぇだろ。あの我愛羅だ。カンクロウもいる」
「…うん」

 何か見てはならないものを見るように苦しげな表情で、サクラはオレを見てきた。

「オレも…明日からは、ナルトたちと同じ任務にも参加する」
「って、アンタ、テマリさんの監視が任務でしょ?」
「そうだけどよ。この人が安らかになるために、オレが一番にできることはそっちで頭を使うことだ。…もちろん、こっちの任務も続けるぜ」 





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