花と嵐 1


『花に嵐のたとえもあるさ さよならだけが人生だ』





「あぁ、散っちゃう…。」

 薄紅色の花弁が、春霞で白んだ虚空に一斉に舞う。この花弁たちに舞わせてしまったのは、他でもない自分だった。テマリは、自分の身長とさほどかわらない長さのある、重たく不慣れな自分の武器を抱え、その発動された力を恨めしく思う。
 こんな儚く美しい場所で、この凶暴な力の訓練をしようと考えるこの自分の師は、きっと心のどこかに欠陥があるのに違いない。

「うかうかしないで下さい。訓練中ですよ。」
「わかってるよ!」

 こちらがグチろうが倒れようが、一向にかまわず、この人は自分のペースで物事を遂行していくだろう。そういう男だ。この一月だけでも十分わかている。
 けれども、風になって自分の周りを巡る桜の花びらたちに、どうしても目が奪われた。

「ったく、なんでこんなところでやるのさ…」

 聞こえないようにぼそりとつぶやいて、ありったけの力を片手にこめて、先方の敵だけを目掛けて放った。
 わざわざ風の国を出て、半日あまりの強行。国境まで越えて隣国である川の国の平原くんだりまで来ていた。ただ、演習のためだけに、だ。砂の里ではソメイヨシノは気候の関係で咲かない
ので、桜の見えるこの地にこれたのはうれしくもあった。
 なのに。
 自分の風の力を試す度に、満開を過ぎたた頃合の咲き乱れる桜たちは、その優美な姿を風に舞わさせる。

「花を散らすのと同じように…」

 ざあああ、吹雪のように舞うその薄紅の様子は、美しい。

「…あなたの大切な弟君を、自ら手にかけることになるかもしれない。」

――あなたは、風影の子だ。
 ふ、と口元だけで笑って、逆風をこちらの隙に打ち込んでくる。思わぬ突破口からの力に、テマリの体が傾いだ。無理矢理からだをねじり、脇をかすめた枝をつかむことで事なきを得る。
 扇を使わぬ風の力を下から投げつけるようにして、押し寄せる風を力技で切り割く。単純な風の力だけならばこちらにも分があった。
 切り裂く早さと一緒に、体を敵陣に舞こませた。

「…そんなこと、わかってる!」

 扱いなれない扇は自分の荷物にすぎない。視界を遮る吹雪のなか、なんとか距離を掴んで力を一直線に放つ。真正面からの渾身の攻撃はあっけなく打ち砕かれた。逆に、こちらを追い返すような逆風に全身を襲われる。

「ッ!」
「…甘いなあ…覚悟が足りない。」

 桜の大木に叩きつけられた自分の前に歩み寄り、自分の師…上忍のコウサは助けるでもなく見下ろしてくる。体温を感じさせないような整った顔立ちもこちらの苛立ちに一役買っている。
 元々の性格上、弱音を吐くことなどないが、この男の前では、より一層自分の弱味を見せないように努めていた。

「もし、大切な人が不治の病で苦しんでいたらどうしますか?いっそのこと…あなたが終わらせてあげた方が良いかもしれない。それが、お父様や弟たちだったら…?」

――どう、しますか?
 楽しくもなんともない選択を考えさせられる。この師に師事するようになってから、鍛錬中の問答は常なことだった。
 たった今、まさに自分と末の弟の関係はとても微妙なものだった。自分の感情は、身近なものですら理解できていない者も多い。けれども、ちょうど十(とお)上のこの人は、人のことなど知らないフリをして、このような感情に対してとても察しが良かった。
 そもそも、自分はこの何を考えているのだかわからぬ男よりは、父の信頼も厚いバキの方が良かったのだ。なのに、アカデミーを卒業したばかりの今の自分には、この男が最善だろうという決議がなされ、とんとん拍子に研修スケジュールは決められてしまった。

 修行を一旦区切り、被害の少ない大きな古木の下で一息つく。
 広大なこの場所で、思い切り風の力を繰り出して暴れたため、未だ呼吸が早い。荒い呼吸を繰り返していると、座り込む自分の隣で桜を眺めていたコウサが、ぼそり、と独り言のようにつぶやいた。

「月に群雲、花に風」
「……なに?」

 肩で呼吸をしながらその顔を見上げると、全く呼吸を乱してない人が無感情に視線をよこしてきた。

「元は漢詩です――良いことには、障害がつきものだ」

 だから何なのだ。若いくせにそんな引用などして、婉曲的な表現で教示してくるこの男がいちいちいけ好かない。理解できない、気づかぬ方の頭が悪いのだと、常に見下げられているように感じる。
 ただ、ひらひらと舞う桜を見つめていた。

「あなたにもこれから多くの災難があるでしょう。けれど、何があっても、あなたはそのまま進むしかない…すすめばいい」

 独り言のように抑揚なく連ねられていく言葉たちは、自分に少しの毒として目眩をもたらす。
 目をそらせない現実を突きつけられている。けれど、言葉の奥底にあるものを汲み取ってしまいそうで、その居心地の悪さを振り払おうと言葉を探す。
 その感情の見えない整った顔で、射るような視線で、捕らえられた。

「選択を心に決めたら、進め。迷うな。逃げるな。目を逸らすな。」
「―――。」
「何事も、逆らえぬものはあります。現実には。」

 言葉は見つからず、心が震える。
 さらさらと桜は散る。今は自然の風により、その最期の美しさを自分たちに見せつけていた。これは散り際。自分たちがいくら愛でていようと、今はもう散るしかないのだ。

「よろずのことも、始め終りこそをかしけれ、は?」
「…それも知らないよ、まだ古典は教わりはじめたばかりだもの。」
「花は、咲き始めと散り際の頃が風情がある、という話です。」

 花弁は止むことなくちらついていた。儚く優美なものたちは、まるで果敢に死に急いでいるようにも見えた。
 
「潔し。…人生も、こうありたいな……。」

 初めて、この男の心情を聞いた気がした。
 いつもの微笑みは脱ぎ捨てて、薄紅の風から目をそらさない人を、すこし恨めしく思った。それが、幼心ながらの嫉妬心だと気づいたのは、もっと大人になってからのこと。 



※ ※ ※ 



 冷風に秋を感じるような季節はとうに過ぎ、久々に訪れる木ノ葉隠れの里は冬の気配が忍び寄ってきていた。

「火の国での任務について、確認しておきたいことがある。」

 キン、と冴えわたる空気に、肺の中から全身が引き締められるようだ。久々に直接顔を会わすこの里の代表は、疲労を感じさせる目元で訪問者である自分に問いかけた。

「はい。」

 今回の自分の任務については、砂隠れの上役たちからの伝達がすでに届いているはずだった。任務内容なだけあって、上役たちの培われてきたルートで内密に伝達されている。

「そういえば、入国確認証の発行が遅くなりすまなかったな。ばたばたしていて、昨夜シカマルが持ってきた伝令を聞くのが今朝になってしまった」
「いいえ…こちらこそ、こんな時にすみません」

 有事のこの時期、身近な人間の葬儀があろうと、里の代表はここに普段通りに立ち続けなければならない。それは、自分の父や弟がしていることだから、頭で理解はできる。

「……お前は、まだ若いのに…冷静だな。どうしてそうあれる?」

触れずに進められていた話題に、この人は踏み込もうとしている。
 
「覚悟はしてきた…ずっと」

 未だ未熟な自分は、何ともないなどといったら嘘になってしまうが。けれど、目指すものが見えているから進むことができる。

「風影が命をかけて里に向かい合っている。里が必要とすることのためならば、私が、やる」
「…そうか」

 少し辛そうな表情をした。哀れまれたのだろうか。

「今回な、ナルトの師が殉職した」
「はい…聞いています」

 確か伝説の三忍であり、この人のチームメイトであるはずだった。

「ナルトは…近しい人間の死は初めてだったんだ。今、周りの人間が、フォローを入れている」
「…そうですか」
 
 真っ直ぐにこちらを見据えられた。五代目火影であるこの人の瞳は、父が持っていたような真実を見ようとする強さがある。

「砂隠れで育ったお前にしたら、ウチは甘く見えるんじゃないか?」
「……昔、そう思っていた頃は確かにあります」
「――一つ甘えさせて欲しい。火の国内でのお前の動きは自由になるように手配はしよう。その代わり、お前の任務に、サクラとシカマルをお前に同行させてくれないか」
「え?」

 甘えさせて欲しいと断ってはいたが、有無を言わせない迫力がある。そもそも、交換条件が含まれているではないか。

「スリーマンセルとはいわない。任務の遂行を見届けさせて欲しいんだ…あの2名ならば、お前の邪魔にはならないはずだ。医療も戦術も」
「それはそうですが。私の…里の問題なので、あまり介入しないで欲しいのですが」
「あいつらもこれから色々背負うものが増えるが、経験値が少ないんだ。頭は回るし、性格はやさしいやつらだが、それが弱みになることもある」

 本当に、自里の部下を思っていることは伝わった。最近の外交の経験や弟の仕事を見てきて、二人の成長や、里の未来につながるのならばそれは良いとも思えた。

「何のために忍をしているのか…覚悟を意識してほしいんだよ」
「…そこまで、意味があるのならば…」
「すまない。頼む」

 ありがとう、と最後に笑顔で締めくくる。
 
「ちょっと2名とも別件の任務に付かせているが、依頼ではないから平行させても大丈夫だ。あと、任務内容が内容だからな。里を基点にして内密に3人で動け」
「はい」
「2名には任務内容は今から伝える。宿で少し休憩をとっもらったら…そうだな、15時に暗号解読棟の受付で2人に合流してくれ」


※ ※ ※


「忙しいところにすまないね」
「いいえ」
「…気にすんな」

 久々の対面になるシカマルとサクラとは予定通りの時間に合流ができた。そのまま自らの提案で選んだ甘味所を訪れている。明るい窓際の席に付き、三人でそれぞれ注文をし終えた。

「ちょっと、事前に共有しておきたいことがあって、時間をもらったんだ」
「こんなところで、ですか?」

 人の出入りがある飲食店で任務の情報共有を始めようとしているのだ。目の前に座るサクラは、率直に疑問を投げかけてきた。

「こんなところで堂々としている方が、存外わかりにくいもんだよ」
「実は、栗ぜんざい食いたかっただけなんじゃねぇのか」
「…お前は、相変わらず一言多いな」

 自分の斜め向かいに座るシカマルの減らず口は相変わらずらしい。二人とも見た目は会う度に少しずつ大人びてはいるが。
 和んでしまった空気を引き締めて切り出す。

「お前たちとは長い付き合いだから、ちゃんと言っておく。聞いているかもしれないが、今回の討伐対象になっている砂の里の上忍、コウサは、元々私の…アカデミー後の担当上忍だった。」
「え…?」
「……。」
「砂では、スリーマンセルは組んでいないからね。私は約三年間をマンツーマンで風遁に特化した教育を受けている…もちろん、その他の訓練もね。」

 正面に座る二人は、じっと黙ってこちらの話に耳を傾けている。途中、注文した甘味と茶を従業員が運んできたが、手はつけられずそのままになっていた。

「コウサは、傀儡部隊の研究情報売買に手をだして抜忍になった。すでに一人、コウサの伯父に当たる砂の上役が殺されている…甥の暗躍を止めようとした上役を返り討ちにしたらしい。」

 最近の里の財政圧迫などもあって、金銭目的とした情報売買の活動は度々起こってはいた。

「私自身、中忍選抜試験からバキ先生の元で弟たちとチーム編成されていたし、最近のコウサのことは良くは知らなかったんだ。元々、何考えているか分からない人だったけれど……。」
 
 自分の主観をこぼしてしまい、あわてて話を元に戻す。

「…コウサは抜忍になって、木ノ葉の交易地に紛れ込んでいる。今回の私の任務は、抜忍の暗殺と情報回収になる。これはあくまで私の任務だ。二人にはフォローとして同行して欲しい」

 重くなりすぎた空気がいたたまれなくなって、目の前で冷めていくぜんざいをつついた。甘いのだけれど、あまり美味しくない。
 
「砂の上役たちは、私がコウサの能力を良く知っていること、あと…コウサにとって私は弱点だと考え、私に担当させたらしい。…教え子に手を下せないような人じゃないと思うんだけどね…。」
「……勝算はあんのか?」
「あるよ」

 重たい雰囲気が立ちこめ、口をつぐんでしまった二人。どうしたものかと考えあぐねていると、威勢の良い声が飛び込んできた。
 
「サクラちゃん!シカマルに…あ、テマリ姉ちゃんも。何か任務でもあんの?」
 
 通りから見えたのだろう。ナルトは、綱手から聞いていたよりも元気があるように見えた。周りの者のフォローとやらがしっかり効果があったらしい。

「久しぶりだな。今日は外交関連で一人で来ているんだ」
「へえ……我愛羅、元気か?」
「そうだな、忙しくててんてこ舞いになっていることが多いけど、日に日に風影らしくなってるぞ。」
 
 本来の任務を気取られないように話をする。真っ直ぐ直球なこのナルトならば、何を気負うことなく対応もできる。
 
「アンタ、明日の準備は出来たの?」
「おう、もうバッチリだってばよ」
「修行、か。我愛羅も風影になってからも、日々の鍛錬は欠いてないからな。お前はもっと努力しなくちゃね」
「そだな、せいぜいじっくり集中してこいよ」

 威勢の良い台詞に畳みかけるように、自分とシカマルが追い打ちをかける。ナルトはむすっと頬を膨らました。

「…気をつけてね、修行」
「サクラちゃんは心配性だなあ…ありがとうな。テマリ姉ちゃん、シカマルも」
「ぜってー今より強くなって来るから、また、一緒に行こう、サクラちゃん」
「うん…。ありがとう、ナルト」

 まっすぐで、偽りのない言葉たちが交わされる。チームメイトの微笑ましい会話だった。

「じゃあ、オレ、ばあちゃんのところに行かなくちゃなんねーから」
「あ、じゃあ私も後から行くからね」
「春野、ナルトと一緒に行くといいよ。…付き合わせて悪かったね」
「…はい。じゃあ、先に失礼します!」

 サクラは少し戸惑ったようだったが、こちらの意志を察して立ち上がり、店を出た。
 窓から、二人が肩を並べてゆっくりと消えるまで見送る。
 視線を戻すと、鋭利なシカマルの視線とぶつかる。

「…さて、ひとまず情報共有は終わっているから帰るか。お前は別任務中なんだっけ?」
「いや、大丈夫だ。…少し確認したいことがあるから、もう少しいいか?」
「ああ、大丈夫だけど」

 そういえば、こいつと会話するのも久しぶりのことだった。中忍試験で一緒に働いていたのはほんの半年前のことなのに、ずいぶん昔に思える。そのほんの半年でこいつは色々な出来事があったようだった。口の利き方は変わらずとも、会話の所々に、以前とは違う意志が見え隠れしているような。
 
「時間とらせて悪ぃな」
「いや、あくまでもこっちの任務なんだ」
「…あんたが、さっき、率直に言ってくれたから、オレとしてもちゃんと確認しておきたい」
「…ああ」
「任務のだいたいのこと状況は理解している。あと…五代目がオレたちに何をさせたいのかも、オレなりに理解している。」
 
 目の前の男は、見た目だけではなく内面も確実に変化しているのだ。周りに望まれている立場をちゃんと分かっている。揺るがないものが、ある。

「春野は…この任務の意味をどう考えてるんだろうか」
「…さぁな。でも、サクラも聡いからすぐにちゃんと気づくだろ」
「……酷なことになるかもな。正直、この任務の同行がナルトじゃなくて良かったよ」
「そうだな」

 シカマルは注文していた梅昆布茶の残りを静かにすすった。それから視線をぼんやりと窓の外にやり、ゆっくりと夕焼けの雲を眺める。シカマルは言い渋っている。それがなんとなく分かった。

「ナルトの想いは一直線で…この任務にはちょっと…困るからな」
「困る?面倒なのはわかるけどよ。」
「私が考えられないような理屈を真っ直ぐに突き進めそうじゃないか…。ナルトの存在は周りの人間を変えてしまうからな。」
「まぁ、そうだな。」
「…一番側で。あんな真っ直ぐに大切にされたら、サクラも心も動かされるんじゃないか?」
「そういうもんかね。」
「我愛羅を間近で見てきたからね。ナルトの影響力を…お前だってそうだろう?」
「…あんたも?」
「そうだな…風影が変わったから、砂の里まで少しずつ変わっているような気がするよ。私も含めてね」

 視線が正面に戻ってきた。無駄に遠回りをした会話が続いていたが、空気を変えるようにシカマルが切り出す。
 
「あんた、本当にやれるのか?」
「…お前、馬鹿にしてるのか?」
「……お前の師だったんだろ。」

 風影の下に生きてきて、こちらも決意はとうの昔に固まっているのだ。
 けれど、この聡い男の意見は、こちらも知らずにいる急所を見つけ出してきたりするから、怖い。
 一瞬、脳裏に吹きすさぶ花吹雪が通り過ぎた。

「コウサ上忍との仲は…悪くはなかったと思うけれど…相性は良くなかったかもね。」
「相性悪くてマンツーマンって大変だな。」
「ずっと一緒にいたけれど、分からないことばかりだよ。あの人は師弟関係に情は挟まないし、自分の心情をむやみやたらと吐露する人じゃなかったから。それも学んだことの一つだ。」

 言葉はたくさん交わしてきたけれど、お互いに一定の距離を置いていた。言葉は受け取った側の解釈にすぎない。相手の真意など、こちらで慮(おもんぱか)ることも必要ないと思っていた。
 
「けれど、今はもう里に害を成す――里の決定だ。……お前たちも、いずれ向き合うことになるだろ。」

 理解している、と伝えて来たシカマルに、今度は逆にこちらの理解の意を返す。

「とりあえず…この件は私が決着つける。2名は援護に徹して欲しい。」
「それは、分かってる…。」

 宜しく頼むな、と静かに伝える。話す内容は不穏なものではあったが、平穏な時間が流れていた。





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