花と嵐 2


 ナルトを送ったそのままの足で、テマリの宿泊している宿へと向かった。シカマルと駆け足でたどり着いた宿の前にはすでにテマリが待っている。
 
「すみません!お待たせしました」
「ナルトの見送りに予想外に時間かけちまった」
「気にするな。そこまで急いでいるわけじゃないんだ」
 
 騒がしい台風のような存在が旅立つのと同じくして、木ノ葉の里には小雨がぱらついていた。霧雨の中、東の大門を目指す。今日目指す土地・東の交易市街地は、木ノ葉隠れの里から30分もかからない隣接した位置にある。
 爽やかな朝に騒々しく旅立ったチームメイトを思い、昨日と比べると気持ちは幾分軽やかだった。けれど、これからの任務と思うと気持ちが何かにぎゅうっと押さえつけられるように感じる。同行にすぎないのだろうが、そこにある師匠の意図が少し見える。そして、何より、そこへと向かうこの少し年上の人の気持ちを勘ぐってしまう。

「じゃあ、行こうか」

 人もまばらな大門の前に立ち、私たちに声をかける。意志の最終確認にも聞こえた。さあ、行こう、といつもの任務のときよりは少し心を据えて大門を踏み出そうとすると、背後から掛かる声。

「あの、すみません!」

 振り返ると、シカマルがもう一つの任務で協力してもらっている暗号部の人が息を上げて駆けてくる。

「シホ?どうした」
「あの、室長がシカマルさんの知恵を少し拝借したいと…。少しの時間でいいんです。一緒に、きていただけませんか?」
「いや、今日は…」

 任務内容を思ってか、説明することもできずにテマリをシカマルは振り返る。

「いや…移動に関しては、綱手さまからの免状が出ているから大丈夫だ。気にせずそっちの手伝いをしてくれ」

 表情を変えることなく、テマリは回答を出した。シホの顔が安堵のものに変わる。
 
「シカマルさんしかきっと無理なことなので…助かります…!」
「ええと…本当にいいのか?」
「ああ。先に行っているから…先方の代表との面会時間に間に合えばいい」

 テマリも淀みなく、当たり障りのない外交の任務をでっち上げている。
 シカマルはその頭脳を見込んで、里内で色々な頼まれごとをされている。同期の自分たちと比べ、同じ中忍ではあるが、彼が各所で呼ばれているのは目にしていた。
 
「道中は女二人で楽しんで行くんだから。いなくてもいいですよね、テマリさん」
「そうだな、途中で茶屋にでも寄りたいし。後から追いついてくれればいいよ。露天街の入り口にいるから」

 自分としてはほんの嫌味のつもりで言ったのだが。テマリは、冷静な表情とは裏腹に存外人の行動に配慮する人だ。

「…ありがとな。ちょっと見てくるわ」

 ほっとした顔をして返事を返すと、早足にシホを連れ立って暗号棟のある街中へと消えていく。  
 姿が消えるのを見計らったように、じゃあそこそこゆっくり行こうかと促されて、二人で改めて大門をくぐった。

 さあさあとぱらつく小雨。この任務を忘れてしまいそうなほど、世界は穏やかだ。

「あいつも随分成長したな。昔は腑抜けた顔でめんどくせーってのが口癖だったのに」
 
 懐かしむように笑っている。
 他国にもかかわらず、腐れ縁のように一緒になることが多いシカマルとテマリは、信頼関係にある、と思う。何よりシカマルの方が年上のこの人に対して一目置いている。まだ幼さの残る同期と比べて、精神年齢が早熟なシカマルにはちょうど良い会話相手なのだろう。

「本当そうですよね…。中忍になったぐらいからすごい勢いで変わっているんですよ。なんだか面倒見良くなっちゃって」
「奈良は人よりも早く大人にならざるをえないんだな。我愛羅と同じだ。……まあ、こだわり多そうだし頭堅そうだけど、頭は使えるし、根本は優しくて…甘いな」
「…ちょっと手厳しいですね。当たっていると思いますけど。年上にも頼られてるし、同期には良いリーダーで、年下には優しいです」

 ふふ、となんだか可愛らしく微笑んだかと思うと、自分の師匠を彷彿とさせるようなからかいを多分に含んだ笑みに変えた。

「色々と使い勝手が良さそうだな?女にもモテているみたいだし」
「…さすが、するどいですね。ナルトなんてまったく鈍いのに」

 ナルトと比べられてもなあ、と、また緩やかに笑った。
 
「ナルトと春野と…うちはサスケ、か。メンバーだけでカカシ上忍の苦労が忍ばれる」
「………。」
「でも、ナルトがチームにいるのは、いいな。」

 テマリは弟がそうであるのと同じようにナルトに対して信頼を置いているようだった。

「我愛羅はね、今も風影としての立場で思い悩むときには、ナルトを思って行動しているみたいなんだ」

 遠くにいる弟を想っているのか、優しい目で空を見ていた。目を空から離すことなく、言葉を続ける。

「人は変わるよ。そして、変わってしまう」

 ぽつん、と呟かれた言葉は誰に対してのもの?
 ここにある雰囲気を穏やかに思ってしまうのは、任務の主体である彼女がそのような穏やかな空気を作っているからだ。
 それは彼女の配慮なんだ。きっと、私に対する。
 なんで、シカマルはいないんだろう。面倒くさがりのくせに面倒見が良いあの馬鹿。三人でいたらこんなことも感付くことなく済んだだろうに。
 
「……どうして、そんな、冷静でいられるんですか?」
「分からないな。そういう風に生きてきたんだもの」

 また柔和な顔。きっと自分は余裕の無い顔をしているだろうに。

「チヨバアさまに聞いていないか?砂の風習とか」
「……少し、だけ」
「ウチの里はさ、環境が厳しいのもあるんだけれど、昔から力への服従が強いんだ。命令は絶対だ。情は挟めないし行動の乱れは許されない。木ノ葉にしたら優しくないように見えるかもしれないけれど…それがあたりまえなんだ」

 訥々(とつとつ)と、報告書を読み上げるように言葉を連ねていく。そこに私情などは見つけることはできない。

「だから、今回のような任務はままあることだよ」
 
 しょうがないさ、と、付け加えられた言葉。述べた言葉ひとつひとつを確認しているようだった。

「春野はカカシ上忍と仲が良いだろ?」
「ええと…たぶん」
「……私は、綱手さまに木ノ葉は甘ちゃんじゃないかって昨日尋ねられた。そうかもしれない…昔は、心底そう思っていた。けれど今はうらやましくも思うよ」

 ほんの少しだけ寂しそうな…初めて見る笑顔だった。あの、チヨバアさまが言っていた「悪しき風習」の砂隠れに生きてきたのだ、この人は。

「私も、別にコウサ…と仲が悪かったわけじゃない。いけすかないやつだとは思ってたけどね。教えるときはムチしかないような方針で、それは厳しかったよ」

 そういえば、と思い出したかのようにつぶやいた。

「指導が始まったばかりの時期に、漢文の話をしてきたんだ。…花ひらいて風雨多し、人生別離に足る。知ってるか?」
「…はい」

 聞いたことのある詩だった。図書館で訳詩を読んで、なんだか切なすぎて。その頃は、ちょうど生まれて初めて欠けてしまったチームメイトを意識していたころだから、現実を突きつけられるようで、胸が痛んだ。

「私も…大人に反発したい年頃だったし、その意味を知って何を今更なんて思ってたんだ。あの頃は…色々と荒れていたから」

 何かを思いとどまったのか、少しの沈黙。ふ、と吐息をつくように呟く。

「けれど、あの人なりの優しさだったんだよ」

 ああ、違うな、とゆるゆると首を振る。違う、そうじゃなくて。
 頭に描かれたものを振り払うように、口調を少し変えた。

「今、木ノ葉とのつながりで砂の里が少しずつ良い方に変わっている。厳しいだけじゃない、木ノ葉のような考え方も…これからは必要だと思う。だけど」

 一瞬、耳をふさぎそうになった。

「けれど、選んで、諦めないといけないものもある。人生には」

 この人は優しい人だ。気性は嵐のように強いけれど。長女であることや年上なのもあるが、自分にとってさえ、師のような親のような配慮が見え隠れする。

「どうせ決まった未来なら、知らない者よりも近しい人がいいね。私なら」
 
――自分のための…後付けにすぎないかもしれないけど。
 ぼうっとしながら、この指示を受けた時の綱手の言葉を思い出す。
 かけがえのない人をなくしたばかりで心身ともにぼろぼろになっていたのに、代表として休息が許されない自分の師。いつもは厳しさに優しさを織り交ぜながら見守っていてくれた師匠は、今回の任務については自分に一線を引き突き放しているように思えた。
 見届けよ、と。
 三忍の一人を失うような苦境に面し、近い未来に覚悟しなければならないであろう、里としての決定。その、予行練習としてこの任務を自分たちに与えたのだ。
 ぐぅっと胸が締め付けられる。
 考えない、考えたくない、まだ。まだ、自分の準備は整っていないのだから。
 背筋をすっと伸ばして悠々として隣を歩くこの人は、今まさにその当事者にある。
 穏やかな配慮から言葉が伝えられてくるようだ。
  さあ、次はお前の番だ。考えろ、と。

 自分たちの心の中心にあるあの大切な時間。長いようで短いあの4人で過ごした時間。きっと忍としての基盤を作るあの時間は、テマリにとってもかけがえのないものだったはず。
 彼女は、そのかけがえのない時間を一緒に過ごした人が代わりゆくのをどう感じているのだろうか。
 それを、自分の手で摘み取るということは、どんなことなのだろうか。
 今の自分には、間だ何の現実感も、覚悟もありはしない。

「まだ、考えられないです…」

 そうだな、ゆっくり結論を出せばいいよ、と。やはり見守る立場に立って優しい、甘い言葉をくれる。

「……まあ、私も、それを教えてくれた人が対象になるなんて、考えたこともなかったけれど」




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