ショウ・タイム 5


14:24 ACT2:城塞調査





 目の前には、古色蒼然と言うにはあまりに荒んだ廃城が見えている。地形を利用した複雑な構造をもつ、れっきとした山城だった。ここに続く山中の道ですら、獣道よりもさらなる道なき道…秋枯れの季節な分進みやすくはあったが、これが真夏であったら緑との格闘だっただろう。

「さて…ここか。」
「…ずいぶん、荒れた城だぜ…緑に埋もれて全貌がわからん。こいつを再利用なんてできんのかね。」
「いや、でも見てみろ、最近も忍が使ってたっぽいぞ。」

 崩れた石垣に挟まれてかろうじて形状をとどめていた櫓門の脇。大きなクヌギの木にクナイで抉られたであろう傷跡があった。抉られた部分は比較的新しい地肌の色をしている。

「…本当だ。まあ、一時的に身を隠すならうってつけだろうな。これじゃ人はわざわざ寄り付かねぇ。」
「ということは…侵入者への新旧の罠の残骸があるという可能性が高いな…。」

 手入れされることなく成長した木々を分け入って、天守の入り口までたどり着く。補修されたのか、木戸はかろうじて鎹鉄鋲で柱につなげられていた。

「手早く終わらせよう。」

 城内の奥からは、時折、風穴から風が吹き抜けるような低い音が漏れ聞こえる。少し覗きき見たが、崩れた漆喰やら梁やらが散乱し、隘路(あいろ)が縦横に巡らされているようだった。

「これは…扇は置いていかないとな。こんなところでは広げようがない…。」
「小回りが必要そうだからな。荷物も置いてくぜ。」

 盗みに来るやつもいないだろう。入り口脇に置いておく。テマリは扇の代替とするのか、懐から護身用の短刀を取り出し、切先を確かめている。こちらも念のため懐中電灯を取り出しておく。
 城内に一歩足を踏み入れると、驚くほど体感温度が下がった。

「寒。」
「嫌な空気だな…おい、先に進むな。オレが前を行く。」

 光が少なく視界がめっぽう暗い城内で、一歩前へと踏み出し振り返ったテマリの顔は明らかに不服そうなものだ。

「なあに、私が前じゃ不満か?」
「…あんた扇もって無いだろ。」
「扇はなくとも風遁は使えるさ。それに先鋒は私のが慣れてるはずだ。」
「通常任務の時はいつも能力分配でオレは後方だ。こんな調査のときぐらい尖兵でもいいじゃねぇか。」
「…まあ、調査だからな…。」
「頼むから…後方援護してくれ。」

 なんとか宥めすかして誘導権を勝ち取ることに成功する。
 外壁づたいに城の外周を辿るように進んでいく。気づいた仕掛け、破損箇所や倒壊物などがある部分には見取り図に印を書き込んでいった。城全体が、劣悪な環境における自然劣化が著しい。

「…この手書きの見取り図じゃあまり当てにならねぇな。」
「ああ。倒壊しているからこの見取り図の通りには進めない。」
「とりあえず、1階ずつ確認していこうぜ。あとは…強度がしっかりしていれば上階に上がってがって…4層あんのか。最後は地下だな。」
「そうだな。ところで、この地図はよくみると地下への階段はないのか?地下の図面はあるのに。」
「言われればそうだな。まあ、仕掛けで隠されているんだろう。先に見つけておこうぜ。」

 進行の計画を立てていると、びゅう、と一際大きな風の音。見る限り光がまったく届かない暗がりの奥よりガタンと何かが倒れる音がした。音と一緒にさらなる冷気がこちらに流れてくるように感じる。予想だにしていなかった不快な音に、一瞬二人して口をつぐむ。

「…どっか崩れたか。」
「行ったそばからこれだ…再利用は難しいんじゃない?いっそ一度更地にしてしまって、建て直した方が安くつくし使い勝手もいいんじゃないのかな。」

 見取り図を確認しながら、淡々と状況分析をするテマリ。あまりにいつもと変わらない平常な様子に、ふと悪戯心が生まれた。

「…そういや、思い出したんだけけどよ、この城の逸話を聞いたことがあったな…。」
「へえ、どんな?」
「この城に落ち武者が住み着いていた頃があるらしいぜ。勝ち陣の武士が落ち武者討伐に村を訪れた時に、恐怖を感じた麓の村人は告げ口し、この城内で落ち武者は殺害されてしまった。後ろめたく思った村人はせめて供養しようとその遺体を捜したが見つからない。けれど、その時から、この城にはどこからかともなく風が哀しい音で吹いてくるようになったって。」
「はあ。どっかの通風孔あたりにその武者の骨でもひっかかってるのかね。後で確認しておこう。」
「………。」

 びょうっ、と、一際大きく不気味な風の音。怖いというより、むしろ自分の作り話に対するタイミングが良すぎて、思わず音の源に目をやる。

「やっ―――」
「!」

 背後から回された手と、耳に飛び込んできた声の婀娜(あだ)っぽさに驚いていると、抱きつかれるように回された両腕でぐいぐいと首を締め付けられた。

「――なぁんてね。」
「……。」
「ばーか、ちょこざいな噂話捏造したって無駄だよ。何期待してんだ?」

 憎たらしい笑顔で、ぺちぺちと額をたたいてくる。

「お前ちょろいな。もうちょっと耐性つけた方がいいんじゃないのか。」
「……あんた、今夜は長いって知ってるよなあ?」
「へえ…泣き虫クンに何ができるのかね?」

 にやり、とこちらを挑発する笑顔。売り言葉に買い言葉はいつも通りだ。

「さっさといくぞ。今日は尖兵担当すんだろ?」
「……。」

※ ※ ※

 1階部分は倒壊が酷く難航し、地下への入り口も見つからなかったので一旦諦めて上の階を目指すことにした。
 階層が高くなるにつれて損失具合は少なくなっているようだった。見取り図に基づき、各階をぐるりと状況確認しながら、やたら出現する幻術誘導の札を発動しないように処理しながら歩みを進める。

「これを設置したのは、いやらしい奴だったに違いないね。こんなしみったらしい隠し方に引っかかると思ってんのか。」
「…でもよ、この札たちやけに新しくないか?それに対進入用に利用されているとは思えねぇ。」

 施した何某が神経質な人物だったのか、自分が深読みしすぎているのか。何れにせよ、幻術が発動されてもさして進入の足止めにならなそうな、むしろ偶発性を狙ったようなあざとい設置箇所ばかりだ。それでも二人がかりで、ごくごく僅かな掠り跡や物の移動に伴う色の変化を見つけ出し、素早く札を処理していく。
 そうこうする間に、とうとう最上階へと辿り着いた。
 天守閣の最上階は、一目で室内全体が見取れる単純な作りだ。四方にしつらえてある武者窓からは、穏やかな光が室内に届けられている。

「おい、何か仕掛けがありそうだ。」

 中央の畳部分のぐるりに回廊が巡らされており、その鴬張りの板の間に1枚だけ細いものを見つけてテマリが指差す。
 僅かに表面の色が薄くなっている。一息に踵で踏み込むと、キィ、と鈍い音がして反対の端が反り上がった。時を同じくして、ガタリ、ズシンと遠く近くで複数の音。気づけば回廊の端の、外壁へと出張っていた床部分が下層への入り口を見せていた。
 
「ビンゴ、だぜ。」
「ああ…これは抜け道?」

 半畳ほどの空洞を覗き込むと、暗闇の先に見える地面はほの明るい。ちょうど抜け道が真空管のようになって、風の音がここまで大きく聞こえた。
 テマリは窓の近くに落ちていた欠けた瓦を躊躇うことなく放り込む。途中で何かに引っかかることなく地面に落下した。

「いくか。」
「ああ。」

 空洞を飛び降りると、そこは1階だった。先ほど確認していたときには壁の向こうにでも隠れていたのだろうが、先ほどカラクリを作動させた反動か、今や抜け道を隠していた壁も崩れ落ち、大きな吹き抜けのように地下への階段が露出してしまっている。

「脆いね…まあ、地下が見つかったから良しとするか。」
 
 吹き抜けに落ちないように地下を覗き込む。ずいぶん深さのある地下部分は、地上よりもぐっと湿度が高い。

「…おい、またあるぜ。」
「ったく…いいかげんしつこいな、この札。何枚あるんだ?」

 地下への階段の脇、普通に階段を利用しようとすれば見落としそうな死角に見慣れた札が貼り付けてあった。もう慣れたもので、手間取ることなくぺらりと剥がす。
 途端に、びゅう、と今度は音だけではなく風が通りぬけた。せっかく剥がした札が風につられて宙に舞う。

「あーあ。」
「すまねぇ…。」

 吹き抜けの広い空間で、ふわりふわりと間の抜けたスピードで舞う札。しばらく視線で追うことしかできずにいるが…なんという偶然か、ぴたりと階下に張り出した梁の部分に張り付く。

「ラッキー。」

 少しでも印の部分に何か触れれば幻術が発動するのだから、あそこに張り付いてくれたのは本当に運が良い。ここからでは手が届きそうにないので、つま先で強度を確かめてから、梁に飛び乗る。
 と、ありえないことに、ぬるりと足元が滑った。

「っ。」

 テマリがオレの左手首をつかみ、引き上げようとしていた。が、勢いも体重もこちらに比重があるのだ…そのまま彼女も巻き込まれる。
 咄嗟に、綱を結んであるクナイを強度のありそうな上階の梁に引っ掛ける。テマリは対角にある壁の木の張り出しを片手で掴み、壁に空いた穴場に足を食い込ませていた。彼女と綱の支えのおかげで、宙に浮いた状態から姿勢を正し、足で地階に降り立つことができた。

「セーフっ。ありがとな。」
「うかつすぎるぞ!」
「いや、あり得ないぐらい梁がぬめってるんだって…。」

 地下一階部分には、倒壊の余波のせいで床にぽっかりと空洞ができていた。最下部には見取り図にもなかったが、自然にできた洞窟の形を利用して頑強な地下通路を形成しているようだった。風の音はここから聞こえているらしい。

「――あ、ひっかかってる。」
「え?」
「落ち武者の…甲冑?」
「……あの話は噂だって。」
「見てみろって。外に抜ける風通しの道があるだろ?。あそこの入り口を塞いでるんだ。」
「――マジかよ。」
「どうせここを改築するときに撤去するだろう。次に誰かが訪れるときに不安がらないようにとってしまった方がいいよ。」
「じゃあ、一度降りるか。」
「ああ。」
「雨水が伝って床を濡らしてるから滑らないように気をつけろ。」
「うかつなお前と一緒にするな。」

 競うようにして床を蹴り、滑らぬよう足を最下部の地面に対して平行にして降り立つ。
 ―――。
 この感触をどう表していいのか。同時に降り立ったテマリも着地した姿勢で硬直していた。
 何故かぬったりした泥濘に足首まで突っ込んでいる状態。上から見たときは雨水程度に思っていたが、やたら粘度の高いこれは、かつては虫やら鳥を捕獲するために用いられたもの。

「ふっ。」
「……。」

 本当は地下一階部分の床に巻かれていたのだろう。よくよく見ると、さきほど自分たちがいた対岸の床から、未だねたねたと液体がしたたっている。偶発的な地下1階部分の倒壊と、流れ込んだ雨水のせいで、岩壁をえぐって作られたこの地下通路に、たんまりとトリモチは溜められてしまっていた。

「どんだけ古風な仕込みをする輩が拠点にしてたんだ…。」
「いや、精神的なダメージはけっこうあるぜ…。」

 ひとまず上の階に上がる階段を探すが、いちいち必要以上に足が重い。ぬちゃ、ぬちゃ、と歩くたびに間抜けな音が暗くておどろおどろしい廃墟に響き渡る。
 もう甲冑やら札やらの対処はどうでもよくなっていた。辛気臭さ、汚れ、屈辱感、寒さ…それぞれひとつならばとるに足らないものでも、度重なりくらってしまうと精神的に来るものがある。
 やっと1階まで這い上がることができた。普段は、機嫌などの感情を表さないテマリだったが、無言で歩を進めるその面は明らかに沈んでいる。

「調査はもういい…早く温泉行こうぜ。」
「――ああ……、あ。」

 ぽむ、と何やら可愛らしい音を発して、漆喰の壁の一部から煙が立ち上がる。粘つく足のせいで体がふらついたのか…支えようと伸ばした左手が触れているのは壁色と同化した札。
 彼女は咄嗟に右手を背に伸ばしたが、そこにいつもの獲物はない。右手は空を切る。

「しまっ――」

 こちらも、テマリの力を知っている分、普段では考えられない失態に対処が鈍った。

「おいっ。」
「…。」

 テマリは右手を背に伸ばしたままの格好で瞠目し、硬直している。作動した幻術は発動状況から見ても明らかに派手なものではないのに、正面から食らっているらしい。

「おい!」
「…っ!」 

 どこから持ち出したのか、長い木辺をいつもの鉄扇のようにこちらに振りかざしてくる。既でのところでかわすと、自分の背後にあった木の柱から破壊音がした。すぐさまテマリの背後に回り、解、と解いてやる。

「あぶねぇーなあ。」
「…、すまない。」
「大丈夫か?」
「ああ…幻術なんて久々…気分わる…。」

 追い討ちのようにうっかり小細工みたいな幻術を食らったテマリはさらにテンションが落ちている。
 やっと荷物の場所まで戻れたが、短時間でこのダメージは何だろう。報告書は…もう、適度に書いておけばいい。とりあえずこの城を再利用するのなら、先ほどテマリが言っていたように新しい城を作るぐらいの費用と労力が必要になるのは確かだった。

「二度と来たくはないな…。」
「同感だ。」 




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